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第777話
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
いくら20歳をむかえたといっても、ご両親の断りもなく連れ出しているのは事実なのでそろそろ自宅に送り届けなくては。
それに元々少しの時間だけと決めていた。
「そろそろ戻らねぇとだな。
送るよ」
長岡が立ち上がれば、三条も少し眉を下げながら立ち上がる。
名残惜しいのは2人共だ。
「会えて、すごく嬉しいです」
「俺も。
すげぇ嬉しい」
ふへ、と頬を緩めいつもの様にふわふわ笑う恋人に触れたい。
抱き締めたい。
だけどそれは、しても大丈夫な事なのか。
また三条の弟達が学校に行けなくなるような原因をつくる訳にはいかない。
大人が、子供からお金では決して買えない大切な時間を奪うなんて本来してはいけない事。
それなのにそれを強制している。
抱き締めるべきではないんじゃないか。
手のひらに爪が刺さるのも構わず、ぐっと握り締めた。
そうでもしないも触れてしまいそうだ。
「正宗さん」
静かな声が名前を呼んだ。
「俺の前では無理をしないでください。
されると悲しいですよ」
作った笑顔に三条は気が付いた。
人の事ばかり気が付く子だ。
血の気のなくなった手にあたたかなそれが触れると、血流と体温が戻っいく。
まるで心臓が止まっていたかのようだ。
そんな事は決してありえないのだが、それが表現としてぴったりだ。
「こんなに握り締めたらいけません。
折角手荒れが直ったのに…ね?」
「悪い」
「血が滲んでますね。
痛くないですか」
綺麗な目玉が伏せられ更に前髪がかかる。
この子は、綺麗だ。
穢れがなく、擦れてなくて素直で。
沢山考えて、沢山傷付き、沢山笑い、沢山の愛情を受け、沢山食べ、この地でのびのびと成長した。
「遥登こそ、痩せたんじゃねぇか」
「俺は元々こんなですよ」
痛そうなそこに触れないようにそっと手に触れ冷たい手をあたたかめてくれる。
じんわりと子供体温が伝わってきた。
「抱き締めても良いか」
「はい。
俺も、そうしたいです」
手が離れてしまうのは残念だが、すぐにその身体を抱き締める。
マスクをしているから薄いが、それでも清潔なにおいがする。
遥登のにおいだ。
細くて骨がごつごつしていて、それでいてあたたかい。
遥登の体温だ。
紛れもなく本当の遥登。
夢でも妄想でもない。
「遥登だな」
「はい。
正宗さん、やっぱり痩せましたよ。
なんか背骨が…こんなでしたか?」
「遥登が言うなよ…。
筋トレして締まっただけかも知れねぇだろ」
「俺もしてたんですよ。
筋肉つけて正宗さんを驚かせようと思って」
「また顔見ながら腹筋しような」
「四字熟語のしりとりしながらですか?」
「そう」
楽しそうに花を咲かせる恋人がとても愛おしい。
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