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第783話
「正宗さん、スズキばっかり釣ってますね」
『この島スズキしかいねぇんじゃねぇのか』
今日は島の中で釣りデート。
桟橋の近くでぼーっとしながら釣りをしているのは自分の化身だが、その隣には恋人の化身もいる。
通話しながら手元を見ていると本当に隣にいるみたいに錯覚する。
これこれで楽しい。
『お、ヒラメ』
「やっと他のが釣れましたね」
『ゲームん中でも借金塗れなんだから高級魚こいよ。
借金なんて奨学金だけで十分だろ』
同じ物を見て、笑ったり喜んだり出来るのが嬉しい。
前だったら当たり前に出来たそれが今はとても恋しいが、それでも同じだけ今も楽しいと思えるようになってきた。
それは長岡がいつもと変わらずに接してくれているからと、ほんの僅かな時間だが会えるようになった事が大きい。
世情が変わった訳ではないのに現金な話だ。
「俺が釣った鯛あげます。
借金返済の足しにしてください」
『ありがとな。
でも、元生徒から借金返済の足しにって現物貰うの、なんか…』
そんな事気にしなくて良いのに。
恋人は平等だと教えてくれたのは長岡だ。
「じゃあ…」
『うん?』
じゃあ…と言ったが、こんな我が儘言っても大丈夫だろうか心配になってきた。
女々しいと思われるのも嫌だ。
だけど、長岡はそんな風に卑下しないでくれる筈。
「あの……大好きって言ってくれたらあげちゃいます」
『かわい…』
喉の奥から出された言葉は何処か嬉しそうで笑いを含んでいた。
ゲームの中の自分も動きを止め隣を見ている。
2人きりの隣を猫が見ながら通り過ぎていく。
『すげぇ好き』
世界で1番好きな人の声が自分を強くしてくれる。
守ってくれる。
『愛してるよ』
「へへ…へへっ」
『なんか金で言ってるみてぇだけど、本当に愛してる。
だから、元気でいてくれ』
「はい。
正宗さんも元気でいてください」
『任せとけ。
何がなんでも遥登に会える日は会いてぇからな」
やわらかくなる表情を長岡は見られていない。
でも、そうであると知っている。
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