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第805話

ほうれん草を下湯でして水に晒すと緑色はより鮮やかさを増した。 鮮やかなのに深い色。 茹でた野菜を冷水に落とし驚かせて色を止めるなんて意地悪な事を最初にした人はすごい。 多分、茹でたてをすぐに食べたかったんだろうな。 長男におんぶされる三男はうにゃうにゃと何かを喋べりだした。 「美味しいそうだな。 味見させてもらうか?」 「あーぶ」 兄は、ここ最近ウイルスが蔓延する以前の様に穏やかに笑うようになった。 いや、今までも穏やかに笑っていたが、少し違う。 上手く口では言えないが前と似てるなと思う顔なんだ。 散歩の効果だと嬉しいけど、それだけじゃない気がする。 強火担の勘だけどな。 でも、俺は兄のにこにこした顔が好きだからそれはそれで良い。 「俺が貰っちゃおっかなぁ」 「どどー」 「マジか。 折角採れたてなのに」 お菓子には使わない根本の部分をざっくりと切り落とし、葉の部分はフードプロセッサーに。 根っこ貰って良い?と兄が手を伸ばすので密栓ボトルの醤油をぴゅっとかけた。 「いただきまーす。 ん! 美味しい!」 「んま?」 「んーまい」 「人が食べてるのって美味しそうに見えるよね」 クスクス笑う母は、食べてみたら美味しいかもと末っ子を誘う。 人が食べているのは美味しそうに見えるし、つられて沢山食べる事もよくある事だ。 「んー」 「もういっこ貰お」 余程美味しそうに見えるのかお菓子やうどん、スープに混ぜなければ殆んど口にしない綾登が興味を示している。 「綾登が種撒いたからより美味しいな」 「んー」 さっきから渋い声を出している弟にやわらかそうな葉を差し出すと意外な事に食い付いた。 「あ、食った」 「美味しい?」 「ん゙ー…」 だけど、やっぱりほうれん草はほうれん草の味だったらしい。

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