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第807話

「正宗さんっ」 「こんばんは」 「こんばんは。 お待たせしました」 1週間ぶりの恋人の生の笑顔に胸が甘酸っぱくときめく。 20歳の男が甘酸っぱいだのときめくだの恥ずかしくないのかなんて言われたら、長岡の顔を見せながらこんな格好良い人に会えてときめかない方が無理だろと返したい。 こんな薄暗くても格好良いのが分かるんだぞ。 トットッと近付くと目だけでも愛情が滲んでいるのが分かった。 それが、とても嬉しい。 「待ってねぇよ。 今来たとこ」 「でも、俺より先にいました」 「数分だろ。 律儀だな…」 マスクをしていても分かる柔和な表情。 僅かな時間を一緒に過ごす為に、一目見る為だけに時間をかけて来てくれる恋人の優しさが日々のニュースで磨り減る心を守ってくれていた。 いくら末っ子と共に教育番組や幼児向けアニメを観てなるべくニュースを観ないようにしても、豊かな感受性は色々な言葉を噛んでしまう。 「今日は何処に行きましょうか」 「遥登が通ってた学校見たい。 案内してくれるか」 「はい。 勿論です。 30分位歩きますけど良いですか」 「マジか。 抜け出て来てんのに大丈夫か? もっとここら辺でも構わねぇし、此処で話してるのも好きだぞ」 「大丈夫ですよ。 気にかけてくれてありがとうございます」 入浴前に自宅を抜け出てきてこうして会っているのを長岡は気にするが、そもそも帰宅したらシャワーを浴びすっきりした状態で布団に潜りたいのでこのパターンはとても有り難い。 長岡が気にしているのは“抜け出てきている”事なのは承知している。 だけど、会いたい。 会いたいのは自分の我が儘だ。 それを叶えられるのは長岡しかいないのだから気にしないで欲しい。 行こうかと声と共に自然と絡まる小指。 ふわふわと花を咲かせながら歩くだけで寂れた商店街は色を変えた。

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