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第821話

アイスコーヒーをグラスに注ぐと、溶けた氷が動いてカランッと涼しげな音を響かせた。 いつもならガムシロップを入れるところだが今日は入れない。 一足早くガムシロップを注いでいた優登は不思議そうな顔をした。 「あれ? 甘くないの飲めたっけ?」 「あぁ、飲むだけなら」 久し振りに長岡が好む味が飲みたかった。 飲めなかった筈なのに、その味が恋しいなんて笑っちゃうよな。 でも、飲みたいんだ。 苦くてすっきりとしたアイスコーヒー。 長岡の隣で何杯飲んだだろうか。 セックス後に貰っただろうか。 今日は、そんな甘くないコーヒーが良い。 「ふぅん。 美味しい?」 「甘い方が美味しい。 でも、今日はそういう気分なんだよ」 「大人だな」 いや、子供なんだと思う。 恋人が恋しくて面影を探す。 多分、丸くなって眠っている末っ子と同じだ。 自分が安心出来るもので自分を守っている。 そうなんだと思う。 次男は母親の分のそれも甘くすると、自分の分には更に牛乳を足した。 「早く食おう。 美味そうで腹が鳴りそう」 レモンケーキの乗った皿とグラスを持ってテレビの前を占領しに行く。

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