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第830話

午後からの授業がなく、昼食を食べ終えた三条は涼しいリビングで遊ぶ綾登を眺めていた。 だらけながら転がってくる布製のボールを転がし返す。 いつもと体勢が違うのは空中より床の方がより涼しい気がするからだ。 ソファの足元に背中をくっつけだらしなく座る姿は長岡に似てきていた。 随分と暑くなってきた気候に少しでも涼を求めるのは許して欲しい。 まだ7月の半ばだが本当に暑くなってきた。 今年も40度を記録するのだろうか。 今から心配だ。 「へへぇ」 「楽しいな」 日の光を存分に浴びながら楽しそうに笑う弟を見ていると此方まで楽しくなってくる。 鈴の音をさせながら転がっていくボールが小さな足にぶつかった。 「どうした?」 「あぶ」 テントを指差しうにゃうにゃと話したかと思えば中へと入っていった。 クッションやブランケットを持ち込み綾登の居心地の良い空間と化したそこは、さながら秘密基地だ。 もうボール遊びは飽きたのだろうか。 「こー」 中途半端な場所で止まるボールに手を伸ばし背面のソファの上に置くと綾登がテントから顔を出した。 「うっう」 ブランケットを引っ張り出してくる。 ずるずると引き摺りながら傍に来ると腹にのせてきた。 ずれ落ちる毛布をその場所に停止させようと小さな手が一所懸命動く。 「貸してくれるのか?」 「どー」 「ありがとう。 嬉しいよ」 冬用のあったかい物だが綾登の気持ちが嬉しくてそのまま腹にかけたまま。 更に弟を抱き締めれば幼児体温があたたかい。 綾登のにおいと微かにミルクのにおいがする。 赤ちゃんのにおいはしあわせのにおいだと母が言った理由がなんとなく分かる気がした。

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