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第832話
また暫く長岡と会えない日々を過ごしていた。
諦めの言葉は使いなくないが、こればかりはどうしようもない。
どうする事も出来ない。
無力だと思い知らされる。
「兄ちゃん、お洒落した?
行こ…」
一足早くリビングに行った兄を追ってきた次男はテレビをぼーっと眺める兄の腕を掴んだ。
「…っ!
兄ちゃんっ、なにしてんだよ」
「え、なに…」
力一杯腕を引っ張られ、筋が傷んだ。
いつの間にこんなに力強くなったんだろう。
弟の成長が嬉しい。
それなのにその弟は眉をしかめて見上げてくる。
感情豊かな弟だが、いつものにこにこした顔の方が好きだななんて思う。
「これだよ」
自分と同じく細い指が手のひらを指して驚いた。
「うわ…」
「うわ、はこっち。
消毒するからこっち来て」
手の平には血が滲んでいた。
痛みもなく今の今まで気が付きもしなかったが、手洗いや風呂で石鹸が滲みそうだ。
と言うか、いつこんな傷が出来たんだ。
傷の形状と位置から爪が食い込んだのは解る。
だが、そんな強く手のひらを握り締めたりはしていない筈だ。
無意識にしていたのか…?
直ぐ様救急箱を持ってきてくれた次男は母さんの様で、消毒を多目にかけてくる辺りは父さんにそっくりだと笑いそうになる。
溺愛する母さんが怪我をすると大丈夫?痛いよね、少し我慢してねと手当てしていた。
消毒が済むと、傷絆創膏を貼られ簡単な処置は終わった。
「手際良いな。
ありがとう」
「まったく。
俺じゃ頼りないなら、頼れる人に頼れよ」
自分に似て線の細い弟はそう言いながら救急箱の蓋を閉めた。
「頼れるよ。
だけど、俺は優登の兄でいたい」
「変なとこ父さんそっくりだよな」
「だって、優登の兄ちゃんは俺だけだろ。
俺だけの特権なんだからな」
「だったら自分を大切にしろよ、兄ちゃん」
“兄ちゃん”を強調され眉を下げた。
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