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第838話

子供用プールに水を張ったのは1時間程前の事なのに、水はぬるま湯になっていた。 サンシェードが張られていて直射日光が当たらなくともこの気温ならばそれも頷ける。 「あー…、ぬるいっつぅかあったかい」 「冷たいより良いよ。 準備してくれて、ありがとう」 水遊び用パンツにシャツを着てやって来た三男は、よたよたと歩きながら兄の背中に抱き付いた。 「綾登、気持ち良いよ」 おんぶされたいのか背中にのよじ登ろうとするのを抱き上げ、水に入れるとさっと足を上げる。 はじめての物には触れたくないこの行動ってなんなんだろう。 すげぇ可愛い。 水に近付けるとひょいと脚をまた上げる。 「風呂と同じだよ。 ほら、アヒルもいるだろ」 「んー」 「はいりまーす」 「う、あー」 漸く尻を着いた綾登はその気持ち良さがわかったらしい。 嬉しそうな顔をした。 大きな風呂と殆んど変わらない。 しかも室外だ。 解放感があって気持ちが良いだろう。 「遥登、麦茶持ってくるからちょっと綾登みててくれる?」 「うん」 夏だと思う。 今年はどこかに行く事もない。 長岡と花火だってゲームで見られただけ。 そもそも祭り自体が開催されない。 季節感は肌と舌で感じるだけ。 それでも十分季節は分かるが、少し寂しい。 そんな中こうしてプール遊びは夏を感じる大切な行為だ。 ぱちゃっと水を揺らしながら、おもちゃで遊ぶ三男が水をかけてきた。 「俺もはいろ」 「へへぇ」 綾登の背中側に身体を滑り込ませると、小さなプールにぎゅうぎゅうになって笑いあう。 緑のにおいと、焼けたコンクリートのにおい。 それから油で揚げられている様な気分になる蝉の声。 楽しそうに笑う三男の頭を撫でながら、あたたかい風を浴びて夏を満喫する。

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