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第840話

雨が降り頻る夜は余計に暗い。 パシャッと踏んでしまってから水溜まりに気が付いた。 だが、素足にサンダル、帰ったら速攻で入浴するので汚れても気にしない。 そのままの足で滑らない様に気を付けながら先を急いだ。 だって、今日は恋人と会える日。 2週間ぶりの逢瀬。 急がない筈がない。 「正宗さんっ」 傘をさした恋人はまっすぐに背筋を伸ばして立っていた。 すっとした印象を更に強くし、そして美しい。 雨がアスファルトのにおいを巻き上げなんだかノスタルジックだ。 「遥登。 こんな雨ん中来てくれたのかよ」 「それは正宗さんもでしょう。 足元が濡れてますよ」 「あぁ…マジか。 おい、遥登の方がやばいぞ。 水溜まりでも入ったのか」 「あー…、暗くてよく見えなかったんです」 裾は折って捲っているし大丈夫だろうと思っていたが、外灯の下で見ると案外汚い。 風呂に入る前にこの足で歩いた床の掃除をした方が良さそうだ。 それからサンダルも乾かさなくては。 境内の軒先に入り、水滴を軽く払う。 そこは埃のにおいと雨のにおいが混ざり古いにおいがした。 肌に纏わり付くあたたかい空気と混ざりなんとも古めかしい雰囲気が増している。 閉じた傘から水滴がまだ濡れていなかった地面に大きな円を描いていく。 じわじわと広がり、長岡の物とくっ付いた。 脚も払いたいがそれでは手が汚れてしまう。 そちらの方が困る。 あ、でも、雨降ってるから手は繋げないか… どうしよっかな 此処で話すなら手繋げるけど歩くかな そんな三条を見下ろす長岡は色を変える服をじっと見て、それを決めた。 「遥登、ちょっと付いてきてくれ」 長岡はそう言い細い腕を引いた。 外での接触に肩が跳ねたが、こんな雨じゃ外を眺める物好きも少ないだろう。 いつもなら手なのに、こんな時なので腕なのが少し寂しい。 自分に傘をさし、長岡が濡れている。 慌てて自分の傘を広げた。 雨のにおいが長岡の残り香を消そうとするのを必死に追った。

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