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第841話

「え、濡れますから…」 「構わねぇよ。 ほら、乗れ」 「でも…」 長岡は近くの駐車場に三条を連れてくると自分の自動車に乗るように言った。 まさか本格的に2人きりなれるなんて思ってもみなかった三条は嬉しい半面、恋人の愛車が汚れてしまうのを気にし遠慮する。 大丈夫と遠慮ばかりしていると、ドアを開けられ雨粒がシートを叩きはじめた。 このままでは座席がびしょびしょになってしまう。 長岡は自分が乗るまで閉める気はないのを三条はよく理解している。 「…あの、ありがとうございます」 乗ろうと傘を畳み頭を下げた三条に囁きかけた。 「どういたしまして。 それに、2人っきりになれんだろ」 「…っ!」 「頭気を付けろよ。 よし、ドア閉めんぞ」 何度も乗った、乗りなれた筈の車内なのにドキドキと心臓が早鐘を打つ。 バタンッとドアを締めると運転席に乗り込んだ恋人は温度を調節したり、余裕そうだ。 こんなに意識しているのは自分だけなのではないか。 そんな心配にまで気が回らない程。 「傘、適当に置いといて大丈夫だからな」 「はい。 じゃあ、置かせて貰います」 久しぶりに恋人のにおいが身を包む。 風にのって香るにおいではなく、包む程のにおい。 声をかけようとするより早く何かが頭にふりかかった。 「タオル持って来といて良かったよ。 ほら、拭きな」 「俺は大丈夫です。 このパーカーだって雨避けに着てて。 正宗さんが使ってください」 「俺に気を使わなくて良いから。 足、気持ち悪りぃだろ」 「…わっ」 顔に押し付けられたタオルも、長岡のにおいが濃い。 久し振りのにおいに身体が反応する。 ……やばい、勃ってきた なんでこのタイミングなんだよ ここ数ヶ月ずっと利き手が友達だった。 ……その、ビデオ通話をしながらってのもあったけど…自分の手だったし。 しかもこの1ヶ月はテレホンセックスをしていない。 処理だけだった。 こんな時でさえ性欲に貪欲な自分が恥ずかしい。 腹を隠すよう前屈みになっていく体制に長岡は気が付いた。 「おい、どうした。 体調良くねぇのか? 腹痛いか?」 「いえ…元気です」 「じゃあ、寒いか?」 ちょっと触るなと冷たくて大きな手が首に触れると肩が跳ねた。 「熱はねぇみたいだけどな…。 送るから待っ」 嫌だ。 「…………勃ったから」 離れていく手を掴み、声を絞り出した。 車体を叩く雨粒に消されそうな声はしっかりと長岡の耳に届いた。

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