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第853話

手を洗い消臭剤をまきながら戻ってきた長岡は、漸く三条と向き合った。 「ところで、どうしたんだ?」 『あ、そうです。 さっき会ってる時に言い忘れてた事がありまして』 「改まってどうした」 三条は緊張した様に口を開いた。 『あの、明日。 ゲームの中で花火大会があるんです。 もし、良かったら一緒に見たいです』 語尾にいくほど小さくなっていく声に、思わず笑ってしまう。 そんな緊張しなくても良いのにな。 変わらない姿を見付けると嬉しくなる。 成長した姿を見ると嬉しくなる。 それを直接見られないのは寂しいが、どんな顔で笑うか頭が覚えている。 どんな声で笑うか耳が覚えている。 見えなくたって分かる。 「そんなの良いに決まってんだろ。 俺の方こそ一緒に見てください」 『はいっ!』 「何時からだ?」 『19時からです。 毎週日曜日に花火大会するって書いてありました。 毎週見られるなんて贅沢です』 嬉しそうに頬を上気させ笑う姿が目の前に見える様だ。 やっぱり恋人には笑顔がよく似合う。 これがリモートなんて嘘だろと思うほど色鮮やかに目の前に広がる。 なんて綺麗な世界だろうか。 「そうだな。 んじゃ、ビール飲みながら見ようかな。 一緒に飲むか?」 『良いんですか…っ』 「飲めんだし良いだろ。 19時な。 ビール冷やしとく」 『はいっ。 楽しみです』 ふわふわ笑う三条に頷き返すと花火より大きな花が咲く。 長岡にとってはこちらの方がずっと贅沢だ。

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