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第857話
「あとは何か質問ないですか?」
『大丈夫!
ありがとう、遥登先生』
先生なんて呼ばれる程、教えられる事はないのに画面越しに男の子はそう呼んでくれる。
三条はこの夏、吉田のボランティア先の学童とビデオ通話を繋いで宿題を教えるようになった。
きっかけは新型ウィルスだった。
長い休校期間中、家に子供だけで過ごさなくて済むように感染のリスクを十分に考慮しつつ子供達の居場所を守ってきた大人達の手伝う友人と通話をしている時の話だ。
宿題は出るがそれを答え合わせ出来るのがいつになるのか、誰も答えられなかった春。
ただ、先生から届けられるプリントを1人で解き進めるだけ。
そんな1人完結も限界があった。
漸く学校に行ける様にはなったがそれは今も変わらない。
どうしても限界がある。
そんな子供達を見かねて、吉田は三条に連絡をとった。
子供達の宿題をみて欲しい。
教職を目指している三条なら、なにか得るものもあるだろうと。
「先生じゃなくて良いですよ…」
『隆平くんが、面白いからそう呼ぼうって言ってたよ。
ね』
『うんっ』
呼ばれ慣れない“先生”は恥ずかしくて擽ったくて、恐れ多い。
恐れ多い方が大きい。
先生のイメージは仕事中の恋人や、その恋人の隣席の亀田の様な人。
なんと言ったら伝わるか分からないが、もっと一本揺らぐ事のない物を持っている人のイメージだ。
自分なんてまだまだ足元にも及ばない。
ほんの烏滸がましいとさえ思う。
だけど、遠くに見えた長岡の背中の大きさがより鮮明になってきた。
いかに大きかったか。
いかに遠かったか。
それさえも、今の三条には収穫。
『先生、またね!』
子供達が手を振るのに同じものを返せば、吉田が画面に映り込んできた。
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