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第860話

三者面談から帰ってきた次男は、制服から私服に着替えるとボスッとソファに倒れた。 「大丈夫か?」 「うーぅ」 小さな手が兄の頭を撫でた。 三男にとってそれは特別な事ではなくて、自分が両親や兄達にしてもらって嬉しい事をしているだけ。 特別な意味なんてない。 だけど…いや、だからこそ、次男はそれが嬉しい。 暫く撫でられていると頭が動いた。 「綾登…食べちゃうぞっ」 「きゃぁぁっ!」 嬉しそうに大きな口で笑い次男に抱き付く三男の素直な気持ちが、今の優登には嬉しかった。 変に気を使われたくない。 それをさらりとやってのける三男の天性のものが羨ましい。 今は、綾登といた方が良いだろうと次男の分の麦茶を用意しに席を立った。 台所では母親が少し早いが夕飯の支度と作り置きを作っていた。 弟を案じているのは顔を見なくとも分かる。 麦茶を注ぐ背中にぽつりと声をかけられ、手を止めずに耳を傾けた。 グラスに注ぐお茶の冷たさが手に伝わってくる。 「遥登と同じ事言われたの。 ちょっと気にしてるみたい」 あぁ。 合点がいった。 『三条なら、もっと上にいけるだろ』 と言われたんだ。 好意の顔をした悪意。 その気持ち悪さは忘れられない。 「真面目な先生なんだけどね。 真面目…過ぎるのかな。 比べるのは失礼だけど、長岡先生はとても良い先生だったね。 きちんと遥登を見てくれていたし、力になりたいってあんなに深く頭を下げてくれた」 「そうだね」 恋人という関係を引いてもとても親身になってくれる先生だった。 偉そうにせず、いつも生徒と同じ目線でいてくれた。 変に子供扱いをせず等身大で良いと受け入れてくれた。 沢山、沢山励ましを貰った。 「最終的には優登が決めなくちゃいけない事だからお母さんは何も言えないけど、先生の言う事に惑わされないで欲しいな」 誰かになんと言われても自分を曲げないで欲しい。 「腹の上でジャンプすんな」 「へへっ。 へへへっ!」

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