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第861話
「すみません、愚痴っちゃって…」
『それはその教師が悪りぃだろ。
生徒の決心を揺るがしたんだ。
有り得ねぇ』
長岡のこういう所が憧れる。
真っ直ぐに、揺るぐ事のない言葉。
芯のある発言はいつだって生徒の味方だ。
悪い事をしたら叱り、そうでなければ全力で守ってくれる。
当たり前の事を当たり前にしてくれる大人。
大人でも子供でもない不安定な年頃の自分達と同じ目線でいてくれた。
それにどれ程救われたか。
ベッドの上で足の指をグーパーさせながら低く落ち着く声を聴いていた。
「多分、弟は志望校を曲げません。
でも…なんて言うんですかね、人の決意を踏み躙るのがムカつきます。
折角考えて決めた事を大切にされないのは好きじゃありません」
『正直、そういう教師は沢山いる。
そうじゃない教師も沢山いる。
所謂ガチャだ。
ガチャ運が悪かったって思うしかねぇのは好きじゃねぇけどな』
鼓膜から身体を巡って頭に届く言葉。
若い子の使う流行言葉を混ぜながら届け方さえ変えてくれる恩師の言葉は素直に受け取れる。
“そういう”人だと知っているからだ。
『覚えとけ。
そういう奴は死んでも治らねぇ。
極力関わらないか、こっちが大人になるしかねぇ』
その言葉を噛んだ。
何度も、何度も。
そうして飲み込んだ時に自分の血肉となるように。
『俺は遥登が好きだ。
それはどうなろうと変りやしねぇ。
でも、俺の好きな遥登がそいつのせいで変わるのは気に食わない。
遥登がムカつくって思うのと同じだ』
「同じ…」
『そう思っていた当然だ。
自然な感情だよ』
これから、社会に出た時に“そういう大人”は沢山いる。
善意の押し付け。
自分の正義で平気で殴って気持ち良くなる人。
そんな人達に心を揺らめかせるのは勿体ない。
そんな人達に心を磨り減らすなら、好き人達の事を考えれば良い。
力になりたい人達の手を握るべきだ。
例え、教師でも。
自論だがな、と長岡は笑った。
『それに、遥登の弟ならちゃんと伝わってるよ』
ごくんっと飲み込んだソレは身体中に拡がっていく。
大切なのは“なに”を言われたかではなく、“誰”に言われたか。
大丈夫。
優登なら、きっと気が付いている。
信じる事は時に勇気がいる。
だけど、優登なら信じきれる。
だって俺の弟だ。
肩に入っていた力が抜け、呼吸が楽になった。
「ありがとうございます。
なんだか、すっきりしました」
『話聴いただけだろ。
俺はなんもしてやれてねぇよ』
漸くふにゃふにゃしはじめた三条が分かったのか電話口から聴こえる声も心なしか嬉しそうな色が見えた。
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