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第903話

飲み物を飲んだりスマホの中の面白い写真や動画で笑ったり車外とは違い、車内はとても穏やかな時間が過ぎていく。 大好きだった時間。 それがほんの少し戻ってきたみたいだ。 屈託なく笑う三条と、学校では決して見る事の出来ない本当の笑顔を浮かべる長岡。 「遥登、もっかい手出してくれるか」 「はい?」 手のひらを差し出すと冷たくて大きな手が握った。 手と顔を交互に見てくりくりした目がふにゃふにゃと嬉しそうな色を浮かべる。 そのなんとも綺麗な事といったらない。 「たまには良いだろ?」 「はい」 「なんか今週長くてよ。 遥登が恋しくてたまんなかった」 やわらかな視線に、三条も素直な気持ちを吐き出そうと口を開く。 大丈夫。 不安になる事なんてない。 自分の存在を確認する様に握られる手を握り返した。 「俺も……あの、すごく会いたかったです。 …………さ、みしかったです」 「言ってくれありがとう」 おんなじだなと言われ頷いた。 世の中にはもっと会えずにいる恋人同士だっている。 自分達は会えるだけマシなんだ。 そう、利口になる事だって出来る。 けれど、だからといって寂しかったり恋しかったりしない訳ではない。 好き同士なんだから当たり前だ。 それで良い。 そうであるべきだろ。 寧ろ、平気でいられたらそれはそれで凹む。 そんな風に言ってくれる恋人に素直な気持ちを伝えたかった。 握られた大きな手の心強さに、その体温に、三条の心臓が自然といつもの早さを取り戻していく。 生きていると感じるにはそれで充分だ。 長岡の隣にいる事が出来れば、大抵の事なんて我慢出来る。 「机にあのA組の写真飾って、それ見て遥登に会える週末まで我慢してんだよ。 でもな、俺だけの遥登じゃねぇだろ。 ちょっと悔しいよな」 A組で撮った写真は確かに長岡は教師の、三条は生徒の顔をしている。 それでも、堂々と撮った大切なモノ。

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