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第904話
「見られるだけ良いんだけどよ。
でも、余計に恋しくなんだよ。
贅沢な悩みだろ」
はじめて聴いた本音にじっと恋人を見詰める。
「生徒達になんかねぇかって気にして、授業がない時間に準備室とか前の廊下の窓とか消毒で拭くのとか、今までにない事にまで気を回さねぇとだろ。
そういうのしてると正直肩に力が入っちまって。
遥登に会いてぇなってずっと考えてんだよな。
いや、考えるっつぅより思ってる」
長岡は元々生徒をよく見ていてくれる教師だった。
それは自然としていた事だったと思う。
けれど、今回の事は更に気を張っていたんだ。
集団で拡がれば、生徒達やその家族が差別の対象になるかもしれない。
そうなれば田舎の嫌なところが露見してしまう。
色々な噂話をご近所さんが話しているのを聞いて知っていた。
そうならないようにしてくれているんだ。
「ご飯は食べてますか。
もっと通話しますか。
あ、そうだ。
頻度を増やしましょう。
それから、もうちょっとだけ長く一緒に居ませんか」
「ははっ、甘やかしてくれんだな」
自分に出来る事はないか。
なんでも良い。
少しでも肩の物が軽くなって欲しい。
それが出来るのは、恋人の特権でしょう。
俺だけの特権だ。
握った指を強く引かれドキッとした。
手を引っ張られたからではない。
その目が本気だったからだ。
「遥登とご家族が元気で居てくれれば大抵の事は我慢出来るから、元気で居てくれ」
「俺は、正宗さんも大切です。
正宗さんのご家族も、柏くんや蓬ちゃんも」
その言葉に嘘はない。
ご家族に何かあれば長岡は深く思い詰めるだろう。
それが例え新型ウイルスではないとしても。
三条はそんな事がないようにと願う事しか出来ない。
悔しい。
でも、出来る事があるならしたい。
後悔をするなら出来る事をしてからが良い。
「ありがとな」
強く手を握った。
手を繋ぐ事しか出来なくても、繋ぐ事が出来る。
俺にはまだ出来る事がある。
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