904 / 1502

第904話

「見られるだけ良いんだけどよ。 でも、余計に恋しくなんだよ。 贅沢な悩みだろ」 はじめて聴いた本音にじっと恋人を見詰める。 「生徒達になんかねぇかって気にして、授業がない時間に準備室とか前の廊下の窓とか消毒で拭くのとか、今までにない事にまで気を回さねぇとだろ。 そういうのしてると正直肩に力が入っちまって。 遥登に会いてぇなってずっと考えてんだよな。 いや、考えるっつぅより思ってる」 長岡は元々生徒をよく見ていてくれる教師だった。 それは自然としていた事だったと思う。 けれど、今回の事は更に気を張っていたんだ。 集団で拡がれば、生徒達やその家族が差別の対象になるかもしれない。 そうなれば田舎の嫌なところが露見してしまう。 色々な噂話をご近所さんが話しているのを聞いて知っていた。 そうならないようにしてくれているんだ。 「ご飯は食べてますか。 もっと通話しますか。 あ、そうだ。 頻度を増やしましょう。 それから、もうちょっとだけ長く一緒に居ませんか」 「ははっ、甘やかしてくれんだな」 自分に出来る事はないか。 なんでも良い。 少しでも肩の物が軽くなって欲しい。 それが出来るのは、恋人の特権でしょう。 俺だけの特権だ。 握った指を強く引かれドキッとした。 手を引っ張られたからではない。 その目が本気だったからだ。 「遥登とご家族が元気で居てくれれば大抵の事は我慢出来るから、元気で居てくれ」 「俺は、正宗さんも大切です。 正宗さんのご家族も、柏くんや蓬ちゃんも」 その言葉に嘘はない。 ご家族に何かあれば長岡は深く思い詰めるだろう。 それが例え新型ウイルスではないとしても。 三条はそんな事がないようにと願う事しか出来ない。 悔しい。 でも、出来る事があるならしたい。 後悔をするなら出来る事をしてからが良い。 「ありがとな」 強く手を握った。 手を繋ぐ事しか出来なくても、繋ぐ事が出来る。 俺にはまだ出来る事がある。

ともだちにシェアしよう!