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第905話
大学生にもなって外出の際に家族に許可を得るのかと言われれば殆んど言いもしないが、こんな時に無断で外出しているせいか時間が気になってしまう。
子供の考えを尊重してくれる自由な両親だとしてもだ。
「今日は近くまで送る」
「…良いんですか」
「ん。
もう少しだけデートしような」
子供に言い聞かせる様に穏やかに説かれ素直に頷いた。
だけど、更に名残惜しくなったら本当に離れたくなくなる。
ちらりと一瞥した恋人は、ん?と小首を傾げた。
この気持ちのどれ程が伝わっているのか。
「デート、嬉しいです」
「ん。
俺も嬉しい」
理由なんて後付けで良いから、今はもう少し一緒に同じ時間を過ごしたい。
もう少しだけで良いから。
「遥登とデートすんの楽しいもんなぁ」
「へへ。
嬉しいです。
あの、正宗さんと一緒にいられて本当に嬉しいです。
ありがとうございます」
「俺だって一緒にいてぇんだよ」
もう少し…と思う気持ちは口に出さず、今目の前にあるしあわせに目を向ける。
確かにあるそれから目を逸らしてしまったら本末転倒だ。
今をちゃんと積み重ねて、未来まで一緒にいたい。
そっちの方が前向きだ。
繋いだ手の指の細さや、意外としっかりとした骨格を確認するように何度も触れたり握ったりをした。
爪の形をなぞり、節だったそこを撫でる。
1週間分の長岡を補給しておかなければと何度も、何度も。
「そんなんされたら、たまんねぇって」
長岡はわざと車内を真っ暗にし、リクライニングを倒し此方に身を乗り出した。
「遥登」
濃く香るにおいに鼻の奥がツンとして泣きたくなる。
冷房で更に冷えた体温。
大きな手。
柑橘のにおいのする香水。
青いボトルのボディーソープのにおい。
優しくて強い抱き締め方。
すべてが“長岡”だ。
「また明日も来るから」
「はい」
「明日はどっかデートに行くか?
それとも車でいちゃいちゃ?」
「どっちも…」
「そうしよう」
久し振りに抱き締められ本当に涙が溢れそうだった。
だけど、溢れなかったのは長岡の服に染みたから。
「大好きです」
「俺は愛してるよ」
息をしている。
生きている。
抱き締められて、そんな事を思った。
「すげぇ愛してる」
あと少しのデートを楽しむ2人はまた手を繋いで暗闇に溶けていった。
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