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第908話

なにもないのに日々は足早に過ぎていく。 駐車場に自動車を停め、腕時計を確認する。 約束の時間の10分前。 まだ少し早いけどリュックを持って車外へ出た。 早く着きすぎて、ぐるりとこの辺りを一周して時間を使ったが流石にもう良いだろう。 さわさわと髪を揺らす風。 幾分か涼しくなったがまだ暑い。 半袖シャツから覗く腕の細さを隠す為に上着も持ってきたが着ようか迷う。 どこかから秋のにおいがするようだ。 涼しい季節が恋しくてそんな事を思うのだろうかと頭の何処かで冷静な自分が笑う。 そんな三条の前方の小さな頭がぴょんっと飛んだ。 「あ! 遥登先生!」 「あ、翔太くん。 こんにちは」 「名前、覚えてくれたの! みんなー! 遥登先生きたー!」 嬉しそうな声に気が付き、わらわらと集まりはじめた小さくて大きな笑顔。 「こんにちは。 会うのははじめまして」 三条は子供達と同じ目線にしゃがむとマスクをしたままにっこりと笑った。 目元だけでそれが分かった子供達は嬉しそうに話始める。 よく目元だけで分かったなと思うが、この子達にとってそれはごく当たり前の事なのかもしれない。 マスクがあって当たり前。 だから目元を重点的に記憶する。 ほんの少し胸がチクッと痛んだ。 この子達の“当たり前”がそうではなかったと思える日がくるまで、あとどれ程の時間が必要か分からない。 けど、その日が少しでも早く来てくれるように大人が頑張るからもう少しだけ踏ん張っていて。 「遥登先生、ほんとに細い! 腕、俺と同じくらい」 「背高い!」 「吉田くん呼ぶ?」 嬉しそうに弾む声に三条はにこにこと人受けの良い笑顔を浮かべる。 それが子供達の心を更に掴んだらしい。 きゃっきゃっと楽しそうな声に囲まれるのはあっという間。 「あそこにいる」 窓からヒラヒラと手を振る友人に、子供達と同じものを振り返した。

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