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第917話
インスタントコーヒーの減りが早い。
月単位で季節は変わっていき、10月。
すっかり晩秋が似合う気温に変わった。
9月までは半袖でいられたがそれも少し前の話で、今は長袖を着なければ寒くてしかたない。
そんな季節には、あたたかな物が恋しくなる。
1人暮らしでも手軽に摂取出来るのがパックのお茶やインスタントコーヒーだ。
お湯を注ぐだけで簡単に美味い飲み物に変わるんだから、便利で手軽。
特にコーヒーは、お茶より利尿作用があるわけでもなくトイレに立つ回数も殆んど変わらない。
それに美味い。
マグに湯を注ぎ、砂糖と牛乳を入れてぬるくて甘くなったそれを一口飲みながら台所で立ったままスマホを弄る。
『明日、吉田のボランティア先に勉強を教えに行くので夕方少し会えませんか』
そんな連絡にそわそわしてしまう。
ほぼ毎週末、恋人の住む町に行き逢瀬を楽しんでいるが、こうして完全な2人きりになるのは久方ぶりだ。
コーヒーの入ったマグを机に置くと同時に、インターホンが来客を知らせる。
だが、その画面を確認する事なく玄関へと向かった。
なんとなく、なんとなくだが、遥登だと思った。
サンダルを踏み損ね冷たい土間に足を着けて、ドアを開けると随分と冷えた空気と共に色が入る。
見慣れたスニーカー、細い脚、パーカー、マスク、それだけで誰か分かるくりくりした目、癖のない髪。
「あ、こんにちは…」
「こんにちは」
遥登だ。
どっからどう見なくても、遥登だ。
マスクをした三条は恥ずかしそうにふにゃっと笑って挨拶をした。
身を引くと入室するその身体から清潔なにおいがする。
「お久し振りです」
「会ってたろ」
「部屋に来るのは久し振りです」
「ん、そうか。
そうだな」
マスクは外さない約束をして、少しだけ。
自宅で夕食を食べるので本当に僅かな時間だけ。
それでも構わない。
ぱっと色付いた部屋はほんの数分前とはまったく違って見える。
俺も、手軽だな
「正宗さん」
「ん、俺だ。
遥登」
しっかりと手を繋ぐと三条は、それはそれはしあわせそうに笑った。
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