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第918話

「正宗さんのにおいがします」 「俺の部屋だからな」 「コーヒーのにおいもします」 「マスクしてても分んのか」 いつも通り手洗いうがいをした三条は、自然な動作で定位置に腰を下ろした。 そんな事がいちいち嬉しい。 この小さな空間に居てくれる事も、声を電話を通さず聴ける事も、三条のマグカップに触れるられる事も。 「正宗さん、これお返しします。 ありがとうございました。 ちゃんと手渡し出来ました」 「俺もパーカーありがとな」 手渡しで返してくれと約束したコートが手元に帰ってきた。 くんくんと鼻を埋めると恋人のにおいが染み付いている。 これはとても良い。 「たまんねぇな」 「目の前ではやめてください…」 「ん? そうだよな。 なんたって、本人がいんだしな」 背中から抱き付くと身体の細さを確認する。 「これは、濃厚接触になんのか?」 「な…」 『なる』と言えばすぐに離れる。 『ならない』と言えばもう少しそれに甘える。 だけど、どちらとも言えない三条は口をつぐんでしまった。 「意地が悪かったか」 後頭部に額を押し付け愛おしい存在を抱き締めた。 長岡だって本音は離れたくない。 ずっと、ずっとこうして抱き締めたかった。 「……我慢、してたんですよ」 「俺も」 腕の中でもぞもぞと動き此方を見る目は寂しさと嬉しさが混ざっている。 素直な目だ。 そして、今日もまっすぐで綺麗だ。 「だから…ちょっとだけ」 「ん」 胸に身体を寄せてきた世界で1番大切な子をしっかりと抱き締めた。

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