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第921話
「ただいま」
兄の声に廊下に顔を出すと兄が靴を脱いでいるところだった。
いつもと変わらない筈なのに、声がなんだかいつもと少し違う。
久し振りに友達と会えたからだろうか。
大学にも通えず自宅でオンライン授業ばかりなので、気心知れた友人に会え気分も変わりすっきりしたのなら自分も嬉しい。
「おかえり。
りゅーちゃん元気だった?」
「うん。
元気だった。
てか、優登もオンラインで顔見てんだろ」
ぽん、と丁度良い位置にある頭に手をのせわしゃわしゃと掻き乱す。
また子供扱いだ。
……!
「シャワーだけ被ってきて良い?」
「うん」
そう声をかける兄から、微かに良いにおいがした。
あのファブリックミストに似ていて少し違うにおい。
兄の顔を見ると、とても穏やかでやわらかくて何かを察した。
兄は変化を隠す癖があるが、よく見ていればその変化は分かる。
どれだけ兄の事を好きだと思ってるんだ。
誰か知らねぇけど、胃袋は俺が掴んでんだからな
む、と敵対心を燃やすと、頭の中で兄の好きなお菓子を沢山考える。
何を作って腹をいっぱいに満たそうか。
冷えてくると、ちょっと重い物─南瓜やさつまいもの使った物、アップルパイを兄は好みだす。
その人は知らないであろう兄の好み。
この14年を一緒に過ごしてきた自分が見付けた兄の小さな変化だ。
頭をフル回転させて考えた。
兄の笑顔を守ってれるその人に感謝はしつつも、強火担の意地は守り抜く。
胃袋は俺のだ。
部屋へと続く階段を昇る背中に熱い視線を送り続ける。
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