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第923話

「正宗さん、お待たせしました」 「お、こんばんは」 「こんばんは」 数時間前にも会ったのに、またこうして会えるなんて今日はなんて良い日だ。 ふにゃふにゃと表情筋を緩める三条は大きく尻尾を振っている。 その愛おしい事を味わう長岡も、学校では決して見る事の出来ないやわらかな表情を返していた。 誰が見ても好き同士と分かる2人を見ているのは、狛犬だけ。 「さっきぶり」 「さっきぶりです」 三条は、子供の様な無邪気な顔を無防備に見せ隣に並んだ。 マスクをしていても格好良い人は格好良い。 それに、他が隠れている分目元の爽やかさがより増して見える。 そんな人が自分の恋人なのだと思うと腹の底から好きが溢れる。 「あ」 そうだとリュックの中からパーカーを取り出すと長岡に手渡した。 「あの、これ俺の服です。 着てたからにおいはすると思うんですけど…」 着ていたと言っても、帰宅してからの数時間のみだ。 とはいえ、汗とかのにおいがするかも…と不安な三条を他所に、長岡はパーカーに顔を埋めた。 「遥登のにおいすんな。 勃ちそう」 「外ですって…っ」 虫の音以外の音が殆んどしない外でそんな発言をされれば、どこで聞かれるかも分からない。 よくよく考えてみれば、この商店街にも同級生が暮らしている。 実家暮らしとなると人数は少ないが居る事は事実だ。 なんでそんな大切な事を忘れていたのだろう。 長岡が三条に困った顔をさせたくてしているとも知らずに、思い通りの顔になっていた。 「とりあえず歩くか」 「はい」 今来た道を戻る後ろ姿はとてもしあわせそう。 狛犬はただじっと見ているだけ。 神に願うより確実にしあわせにさせる方法を知っている。 「服、預かりますか?」 「頼んで良いか。 もっとにおい付きそうで嬉しいな」

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