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第927話

時計を確認しながら更に授業を進めていく。 今日はこの範囲を終わらせ、確認のテストをしたい。 それで、授業ペースが早いか、理解に必要な時間を取れているのか確認したい。 「この身を滅ぼしてもあなたに逢いたい。 となります」 今なら強く解るこの唄。 自分はどうなっても良いから会いたい。 だけど、どうかなってしまえば会えない。 悔しい。 憎い。 負の感情が腹を染める。 それに染まらない様に踏ん張るしかない。 あの子の隣にいるなら、染まる訳にはいかないんだ。 目標だと言ってくれた。 お手本だと背中を叩いてくれた。 そんな子に失礼のないように、背筋を伸ばすのも教師の務め。 そして、恋人として夢に向かって頑張る三条にしてやれる唯一のこと。 「動詞の活用は、一々確認していきますから癖にしてください。 分かってるのにと思うかもしれませんが少しでもケアレスミスを減らしたいので、しつこくやっていきます。 それから、さっき出た已然形+ば、未然形+ば、はセットで覚えてください」 ノートを教卓に置き、石灰の粉を払う。 パラ……と溢れる赤や白は内履きのスニーカーの上に落ちた。 「先生、窓閉めても良いですか」 「寒いですか?」 「ちょっとだけ。 前の時間体育で、セーターもロッカーに片付けちゃったから」 「あぁ、汗がひいて寒いですね。 風邪ひかないように気を付けてください」 体育終わりという事もあってちらほらとジャケットを着ていない生徒もいる。 この季節の換気は少しばかり酷だ。 だが、換気をしてくれというのが上からのお達し。 雪国なので、冬場はもっと気を使うのが目に見えている。 滑りの悪い窓を薄く、指2本分ほど開くように調節していると、悪戯にふわりと空気を掻き混ぜたのは秋のにおい。 なぜだかA組を思い出した。 階段を上がってすぐのあの教室。 においも温度も、何もかもが違う筈なのになぜだ。 『長岡先生って彼女いるの?』 『長岡ー』 懐かしいあの声。 におい。 温度。 この地から離れた生徒達は元気だろうか。 踏ん張っているだろうか。 三条から聞いているとはいえ、心配なものは心配だ。 はじめて受け持った生意気なA組。 背中をバンバンと叩きまくってくれたA組。 沢山の事を教えてくれたA組。 大切なものをくれたA組。 鈍色の空の下から健康を願う。 「先生?」 「あ、これだけ開けさせてください。 廊下に風が通れば良いので」 瞬きの間に頭を切り替え、プリントを手に取った。 今、向き合うべきは目の前の生徒達だ。 「では、確認の小テストをします」 えー…と嫌そうな顔に作った笑顔を張り付ける。 「本当に今日やった範囲の確認の問題なので簡単ですよ。 チャイムが鳴るまで…あと5分程度ですけど、してださい」

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