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第931話
正宗さん、相当疲れてるな
なにか出来たら良いんだけど、俺に出来る事なんてたかが知れてるし…
ウイルスが流行り半年が経っていた。
良い意味でも悪い意味でも慣れが生じてきて、それに対して教師達は注意を払っているのだろう。
神経を磨り減らし気を張って予防に力をいれている。
生徒がたまにと言えどもハメを外せば後片付けは教師へと回ってくる。
学生が遊んでいるとちゃんと指導しろと学校へ連絡がくるともきいた。
長岡が疲弊するのも頷けた。
恋人腕を擦りながら考える。
長岡は怒るだろうか。
いや、怒られても構わない。
“俺”がしたいからするんだ。
三条は腕の中からするりと抜け出た。
これ程までに自身の身体の細さが役に立った事はない。
今の今まで大人しかったのにと不思議に思った長岡は漸く顔を上げた。
ぐりぐりと擦り付けていた額が赤く、サラサラと茶けた髪がそこを隠していく。
どの一瞬を切り取っても綺麗な人だ。
三条はその一瞬の隙を見逃さず、マスクをずらし額にちゅぅっと唇をくっ付けた。
「…っ!
馬鹿っ。
マスク外すなって言ったろ」
すぐに身体を離されてしまったが、久し振りに恋人らしい事をした。
本当は口が良かったが流石に口は怒られそうだったので妥協したのに、長岡は急いで卓上のウエットティッシュを引き抜き唇を擦ってくる。
なんか、唇がスースーする…
「これ、アルコールの…」
「飲める歳だろ。
あ、でも舐めんな。
うがいしてこい」
甲斐甲斐しく世話を焼き、心配をする。
今度はティッシュペーパーを引き抜き口を拭いてくれた。
その腕にそっと触れると長岡は綺麗に整えられた眉を下げる。
「…心配させちまったか」
「んー…、心配と言うか、俺が嫌なんです。
こんな目に見えない物に振り回されて、会えなくなってふざけんなって思います。
俺の正宗さんなのに、同居の家族じゃないから会うべきではないとか言われたくないです。
だって、正宗さんは俺の為に会わない事を決めてくれました。
そんな優しい人を1人きりにするなんて薄情過ぎるでしょ」
こんな時の方が口が回る。
気持ちを伝えるのはあまり得意ではない。
感情に当て嵌まる言葉を知らな過ぎるからだ。
正しく、この形で伝えたい。
頭の中を見せたら正しくこの思いは伝わるのか。
長岡でいっぱいのこの気持ちはなんと言葉で表しますか。
だけど、その心配はいらない。
真っ直ぐな目の奥にある力強さは長岡へとしっかりと届く。
「ちょっと忙しくて、多分しんどいんだと思う。
ただ、遥登を抱き締めると落ち着くし、週明けの仕事も頑張れるのは本当だ。
無理してるかは自分でも分かんねぇ」
この人ばかりとは思わない。
そんなの多少の差があれどみんなそうだ。
みんなが大変な時。
だが、大切な人が無理をしているのを、はい、そうですかと見ていられる程薄情でもない。
せめて、手の届く範囲の人は自分も守りたい。
違う。
自分が守りたい。
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