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第945話

キスの代わりに細い身体をぎゅぅっと一瞬強く抱き締め、一旦お別れだ。 「じゃ、また後で」 「はいっ」 やっと長岡の心の底からの笑みが見られた三条は嬉しそうに返事をした。 こんな顔を見せられたら帰すのがより惜しくなる。 すぐに三条の住む町へいのくのだが離れるのは名残惜しいものは名残惜しい。 「お邪魔しました」 ドアを閉める時も顔を子供みたいに覗かせてくれる。 思わず綻ぶ表情は三条が部屋を訪れたばかりの様に疲労は見えない。 安心したのか三条はマスクから見える目元を更にやわらかくした。 「気を付けろよ」 頷き、完全にドアが閉また。 ぽつん、とどこかに寂しさが残る。 とんだ甘えたになったもんだ。 ペタペタとひんやりする廊下を歩きながら考える。 飼い猫になった柏や蓬が野良に戻れないのと同じだろう。 においの残る部屋へと戻り、ベランダ用のサンダルを突っ掛け外へ出た。 秋のにおいと山へと帰る太陽が別れ際だと色を残す。 あの赤には敵わないが今日も美しく世界を染めている。 ベランダから階下を見ていると階段を下りきった三条の頭が見えた。 視線に気が付いたのか、それとも毎回そうしてるのかキャップを被った頭が部屋を見上げる。 すぐに自分と目があった三条は手を振り返してくれた。 遠くても分かる、その嬉しそうな顔。 ほんと犬みてぇ 可愛いな 今頃の20歳の男子大学生は、あんな犬みたいな顔で手を振るのか。 定かではないが満更でもない。 パクパクと口を動かし言葉を伝える。 上手く伝わるだろうか。 「っ!?」 伝わってるようだ。 更に言葉を続ける。 キョロキョロと辺りを見渡してから三条は口をうごかし同じ気持ちを伝えてくれた。

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