947 / 1502
第947話
湿った襟足をタオルで拭きながら三条がリビングへと顔を出すと勉強していた次男が顔を上げた。
すぐさまこちらにやって来るとぐいぐいと背中を押す。
「兄ちゃん、兄ちゃんっ。
アップルパイ作ったから食べて!」
食卓の上には可愛らしいサイズのパイ。
艶々でサクサクで美味しそうだ。
「美味そう!
夕飯前だけど1つ食っちゃおうかな」
1つ食べたところで三条の胃袋には何て事はない。
フィリングの水分でしっとりしても美味しいが、やっぱり焼き立てのサクサクは格別だ。
手を伸ばすと、トンっと何か衝撃が当たった。
それはあたたかくて小さい。
「んーまっ!」
自分を見上げるその目は、まるで夕飯が先だとばかりでぎゅっと脚にしがみついている。
スウェットのウェストを縛っておいて良かった。
「夕飯が先?」
「んまっ!」
「よいしょっ。
でも、こんなに美味そうなんだぞ」
抱き上げた弟は襟刳りを掴んだ。
最近はこうして服の襟や背中側の裾が掴むのですぐにヨレてしまう。
これもキスマークがないから気にしなくて済むのか。
うーん…複雑だ。
「うーうっ」
他の事を考えているのが分かるのか、ぺちっと口に手を押し付けられ現実に引き戻される。
「味見したくせに」
「え?
綾登、味見したのか?
美味しかった?」
「へへぇっ!」
林檎を刻んでいる時に貰ったよなと次男からの告げ口に三男は笑うばかり。
そりゃもう可愛い。
すごく可愛い。
が、味見をしたなんて羨ましい。
「俺も食いたいなぁ」
「きゃぁぁ!」
ぎゅぅっと抱き締め左右に揺らすと脚をバタ付かせて喜んだ。
夕飯を食べてからお茶と一緒にゆっくり食べるか。
すっきりした頭は動きが良い。
ともだちにシェアしよう!

