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第960話
自宅と同じく綺麗を強調したハンドソープをしっかりと泡立てる。
弟と洗うときは歌を歌いながらだが、流石に長岡の部屋では歌わない。
手洗いうがいをしていると、後ろでごそごそしていた長岡がトンとそれを作業台にあげた。
「っ!」
「なんかあったら絶対に俺のせいにしろよ」
その言葉には頷けないが、それから目が離せない。
「えーっと、2人分だから…」
ミルに豆をセットすると洗ったばかりの手に握らせてきた。
「挽くか?
楽しいぞ」
「良いんですか…っ」
「俺は1回してるからな。
疲れたら交代しような」
ハンドルを回すとゴリゴリと音がする。
ゆっくりが良いのだろうか。
それともある程度の速度があった方が良いのだろうか。
好奇心と学習能力がフル回転をはじめた。
挽きながら長岡に視線をやると猫のように目を細められた。
「遥登と使いたかったんだけど、この豆の味見に先につかっちまった。
悪かったな…」
「いえ。
あ、美味しかったですか?」
「遥登の好きそうな味がした」
「正宗さんの好みで良いのに」
「俺がそうしてぇの。
おすすめだぞ」
マスクをしていてもどんな風に笑うか頭が覚えている。
どんな風に口が弧を描くか、目元がやわらかくなるか分かる。
奪われないそれらは宝物だ。
“これから”も長岡とプレゼントしたコーヒーセットを使って沢山コーヒーを飲みたい。
“一緒に”勉強していきたい。
頭がそれで良いと動きをゆっくりにした。
楽しそうに台所で並んでコーヒーを用意する。
「あ、豆の良いにおいがします。
楽しみです!」
「味も期待しとけ」
「すごく期待してます」
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