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第973話
「ハァ……ハァ………」
乱れた呼吸を整えるより酸素が欲しい。
マスクがそれを邪魔している事に気が付いた長岡は局部には触れていない方の手─小指をゴムに引っ掛けズラした。
たったそれだけでも吸える量は違う。
この半年で学んだ新鮮な空気はそれだけで気持ちが良いと頭が動き出した。
頭に酸素が回ると漸く不意に入っていた身体から力が抜ける。
「ハァ…ハ…」
窓に頭をぶつけ、射精の伴わない絶頂で疲弊した身体を落ち着かせる。
「遥登、ちゃんとイけたな。
気持ちかったか」
「…はい」
「ボタンとめるぞ。
ベルトは落ち着いてからにしような。
緩んでた方が楽だろ」
「すみません…。
ありがとうございます」
てきぱきと後処理─というには簡単だが─までを済ませてくれる。
なにからなにまでして貰ってばっかりで、不甲斐ない。
長岡はウェットティッシュで手を拭い、少し待っててくれと言い残し車から出ていった。
恋人のにおいに満ちる車内に残る三条は、ぼーっと頭を休ませる。
気持ち良かったのは本当だが、車外に気を払い身体全体で甘受出来なかったのがなんだか悔しい。
長岡の部屋なら脳味噌まで快感に溺れる事が出来たのに、なんてどうする事も出来ない事が憎らしい。
ひんやりしている窓に頭の天辺をすり付けて長岡のにおいを肺いっぱいに吸い込む。
夜のにおいと混ざりあっていつもより色っぽく感じる。
目を閉じたら眠ってしまいそうな程心地好くてずっと此処に居たい。
そう出来たらどんなにしあわせだろう。
思い出す半年前はそんなしあわせがすぐ近くにあったのに。
そんな事を考えていると、お待たせ、と冷たい空気を纏った恋人が乗り込んできた。
「おかえりなさい」
「ただいま。
ほら、飲みな。
プールも併用されてるからスポーツドリンク売ってて良かったよ」
駐車場脇の自動販売機からスポーツドリンクを買ってきた長岡は有無を言わさず手に握らせた。
「気温が下がったとは言え、一応な。
マスクしてると熱籠るだろ」
「ありがとうございます。
いただきます」
身体の真ん中をすーっと通っていくのが分かる。
火照った身体にその冷たさが気持ち良い。
つい、ゴクゴクと飲んでしまった。
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