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第1003話

「あの…」 「うん?」 「……あ…、いえ。 なんてもないです」 いつもの遠慮癖がではじめた。 大分懐いてくれていたのに、夏の終わり頃から言葉を飲み込むようになってきていた。 気にかけてはいたが最近は高校の時に戻った様な姿を見せる。 ウイルスのせいで我慢ばかりを強いられ、癖が悪化しているのだろう。 時々此方をじっと見て何か言いたげな顔をすぐに隠している。 その度に声をかけてきたが三条は見た目より頑固な所があるので言葉を飲み込んだままにはさせたくない。 ガコンッとリクライニングを倒し三条の顔を覗くように声をかけた。 「言ってみ」 「なんでもないです」 「遠慮すんな。 どうせ我が儘とか思ってんだろ。 何度も言うけど我が儘かどうかは俺が決めるから、自己完結すんな。 恋人同士だろ」 真っ直ぐに此方を見、マフラーに顔の半分を埋めぐるぐると頭を回転させ、漸く言葉を吐き出した。 「少しだけ…、」 「少しだけ?」 「手を……」 「繋ぎてぇ?」 遠慮がちに頭を上下させた。 全然我が儘じゃねぇじゃねぇかよ 溜め息にも似たそれを飲み込み肩から力を抜いた。 すぐに消毒ジェルを手に刷り込むと、言ってしまった事に罪悪感を感じている三条のあたたかくて細い手を握る。 「あったけぇ」 「ありがとうございます」 「あ、俺暑いんだったな」 三条は、まだその設定は続いていたのかと小さく笑った。 同じものを返しながら、指の背でそっと目の縁を撫でるととても可愛らしい顔をするので帰したくない気持ちが膨らんでいく。 「マフラー、返しますか?」 「生意気になって」 帰すけどな。 帰すけど。 やっぱり連れて帰りてぇ。

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