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第1058話
目の前に広がる見慣れた壁に視界がハッキリしてくる。
へ、や…
夢…?
ここは、自分の部屋だ。
長岡はいない。
長岡の部屋で、腕枕で寝た筈なのに。
急に頭がはっきりしてくる。
そして、嫌な方にフル回転しはじめた。
スマホに手を伸ばすと、寝惚け眼で検索バーに新型ウイルスの名前を打ち込んだ。
程なくして表示された検索画面には無惨な現実が夢じゃないと笑っていた。
ウイルスが世界を包み込んでいた。
夢がしあわせであればあるほど、現実が辛い。
「…、」
夢、だったんだ…
あれは、全部夢だった。
長岡とキスをしたのもセックスをしたのも全部。
あんなに体温さえリアルだったのにだ。
静かに流れる涙が何度も拭った。
長岡が起きる前に泣きやまなればと思うのに次から次へと溢れてくる。
繋がったままのそれが音を拾ってしまったら大変だと解っているのに止まらない。
顔を隠すようにふとんを引き上げ、丸くなって声を殺す。
長岡に聴こえないように。
バレないように。
だけど、ひゃくりあげてしまった。
『………はる…?』
「っ!!」
びくっと身体が跳る。
これでは寝たふりが通じなくない。
『遥登、起きてんのか』
寝起きの掠れた声が名前を呼ぶだけで、涙がよりいっそう溢れて止まらない。
困らせたい訳じゃない。
心配させたい訳じゃない。
なのに、とまってくれない。
『遥登…?』
泣くな
泣くな…
『……泣いてんのか』
「あ………その…こ、こわい……夢を…」
『泣くほどこわい夢か。
そりゃ相当こわかったな。
すっきりするまで思いっきり泣け。
話すか?』
「はい」
こわいなんて嘘を吐いてしまった。
こわいのは現実の方だ。
だけど、現実の恋人も大好きで夢に戻りたいとは少し違うこの気持ち。
……少しだけ消化させる時間が欲しい。
『泣きたい時もあるよな』
「……はい」
勿論、夢の中とはいえ触れ合えた事は嬉しいが、目の前の─現実の長岡は本当に存在してこうして優しく包んでくれる。
どっちがどっちだ、なんて優劣を付ける事は出来ない。
出来る筈がない。
『な、今日も会いに行く』
「でも…」
『俺が会いてぇんだ。
会えなくても、そっち行くからな』
長岡の服の袖がシミをつくるのを気にせず目元を拭い、やっとカメラ越しに目があった。
乱れた髪が色っぽいのは、夢も現実も変わりない。
『繋げといて良かった』
心配そうに画面を見詰めるその目に、優しい表情にまた泣いてしまった。
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