1059 / 1502

第1059話

雪を踏む音に気が付いた恋人は、すぐに自身を見付けると微笑んだ。 「遥登」 「正宗さん。 こんばんは」 「こんばんは。 ほら、来い」 腕を広げられ三条はおずおずと近付いていく。 「特別な」 腕をひかれ、更に近付くとぎゅぅっと抱き締められた。 若者が感染を拡げていると言われている中で、その“若者”で“公務員”の長岡が背負っているモノを理解出来ない程子供ではない。 それでも、今はこの体温に甘えたかった。 夢ではない、この酷い現実の恋人に。 脇腹に手を伸ばし、首─というより長岡のマフラー─に顔を埋めた。 長岡の良いにおいがする。 たったそれだけの事が、こんなにも胸に染みてきた。 鼻の奥がツンとするのを必死に堪える。 正宗さんだ あったかい… 「今日は素直で更に良い子だな」 「…来てくれて、ありがとうございます」 「ん? 俺が会いてぇって言ったんだろ。 こっちこそ会いに来てくれて、ありがとな」 髪を梳かれ、その手の気持ち良さに目を閉じた。 薄い胸から伝わってくる心音が混ざりあって1つになれたら良いななんて子供みたいな事を本気で思う。 ずっと2人でいたい。 2人だけならウイルスなんて関係なくなるのに。 そうであれば、どんなに良いだろうか。 「大好きです」 「俺は愛してる」 「…狡いですよ」 「大人ってのは狡い生き物なんだよ。 身に滲みてんだろ」 幼い頃、母親にされたように優しく背中を擦られ涙が滲む。 とてもあたたかい。

ともだちにシェアしよう!