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第1060話
雪が降っているのも気にせず抱かれている三条は小さな子供の様に自分の気持ちに素直に甘える。
おずおずとだが背中に腕を回し自分からも抱き付く。
長岡はそれに安堵し、そういえばの事を思い出した。
「あ、そうだ。
コーヒー持ってきたんだ」
「コーヒー?」
顔を上げると茶けた前髪に雪がついている。
直接触れないように伸ばした袖で払うと、反対に目元を拭われた。
泣いてはいないつもりだが涙が滲んでいたのだろうか。
少し恥ずかしい。
「あぁ。
ほら」
脇のベンチに置かれていたそれを手にすると握らせてくれた。
でも、なぜコーヒーなのだろうか。
こうして外で会うようになってからは、自動販売機か精々コンビニで買っていたのに。
この神社を出た先にも自販機はある。
タンブラーから恋人へと視線を上げ、確認をする。
「いただいて良いんですか…?」
「勿論。
コーヒーって言ってたろ?
……あ?
俺のも夢か?」
あ…
俺の為…
もしかしたら寝惚けていた時に言ったのかもしれない。
どちらかは三条にも分からないが、恋人のあたたかさを受け取る。
「ありがとうございます」
「熱いぞ。
気を付けろ」
タンブラーに入れられたあたたかいコーヒー。
飲み口を開ければ、湯気が目の前を白くし香ばしい良いにおいがする。
そのにおいを嗅ぐと、長岡の部屋で本を読んでいる時の風景を思い出す。
沢山の時間を過ごしてきた、あの部屋。
笑って、飯を食べて、髪を乾かして貰い、セックスだってした。
そんな記憶が、夢だけがいいものではないだろと、背中を擦る。
「いただきます」
「ん。
どうぞ」
しっかりと冷ましてから一口啜った。
苦くて、香りが良くて、すっきりしている。
贈ったコーヒーメーカーで淹れてくれたのだろう。
自分の為に時間を使ってくれた事が嬉しい。
これが、現実だ。
会いたくても我慢をしなくてはいけない。
触れたくても我慢をしなくてはいけない。
惨いと思う事も沢山ある。
だけど、会いに来てくれる恋人は確かに“ここ”にいる。
優しくてあたたかくて、どこまでも大きな恋人は目の前で優しくて微笑んでくれている。
マスクをしていたって分かる。
「美味しいです」
「良かった。
今日はちょっとゆっくりしようか」
元からではなく、口角が上がったのを長岡は見逃さなかった。
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