1065 / 1502
第1065話
「じゃあ、そろそろ散歩再開すっか」
「え…?」
時間は、そろそろ三条の帰宅時間を指そうとしている頃、長岡はそう言った。
くりくりした目が、不思議そうに此方を捉える。
三条の反応は正しい。
だが、もう少しだけ一緒にいたい。
この駐車場から三条の自宅への数分で良い。
あと少しだけで良いから。
20歳の男がこわい夢をみて泣くとは考えにくい。
三条は素直に泣ける子だが、それにしたってだ。
人が亡くなった夢とは言わなかった。
つまり、心配をかけない為の方便だろう。
それくらい分かる。
「嫌か?」
「とんでもないっ」
咄嗟に口から出た言葉に、つい笑ってしまう。
とんでもない、なんて今時の子も使うんだな。
「とんでもねぇって。
かわい…」
「く、口が勝手に…。
そんな笑う事じゃないです…」
「いや、悪い。
でも、やっぱ遥登の事、好きだと思う」
やっぱり三条はこうでないと。
繋いでいた手を自分の胸へと押し付けた。
心臓の上。
「ほら、喜んでんの分かるか」
どくん、どくん、と生きている音が伝わっているだろう。
いつもより力強く、心の底から、そして身体の深いところから、三条を愛している気持ちが生きる力を強めてくれている。
どうでも良いと思っていた人生がこんなにも色鮮やかで楽しく思えるのは、三条のお陰だ。
同じだけ、いや、それ以上にこの子もしあわせにしなければ。
「はい」
「もう少し一緒にいてぇ」
「俺も、です」
三条は手を押し付けているそこを真っ直ぐに見詰めている。
また増えてきた感染者。
長岡の暮らす区だけではなく、こな豊かな地までだ。
新幹線駅があり、少なからず人の出入りがあるのも一員だろう。
ただ、その利用者だって多くは仕事だ。
嫌です、無理です、とはなかなか言えないのが現実。
次にこうして会えるのがいつになるかは誰にも分からない。
もっと増えれば2週間は控えた方が良いだろう。
そればかりは、利口にならなければ。
だから、ほんの僅かな時間でも良いから同じ時間を一緒に過ごしたい。
我が儘をきいてくれ。
ともだちにシェアしよう!

