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第1088話

部屋のドアを開けると階下から良いにおいがしている。 甘いにおいにつられてリビングへとやって来た三条はそのまま台所へと顔を出した。 物理的に空気が甘い。 「すげぇ良いにおい。 チョコレートケーキ?」 「うん。 兄ちゃん、これ好きだろ」 「すげぇ好き」 次男の作る焼きっぱなしのチョコレートケーキは、甘さが控え目でしっとりしてるのにホロッと口で溶けすごく美味しい。 元々は母親の覚え書きの物だったのだが、チョコレートをビターな物に変えたり少し甘さを押さえたりしてくれたので自分の味覚に合わせてくれた此方の方が好きだ。 チョコレート、バター、たまご、砂糖、薄力粉。 特別な材料はないが、その日を特別な日に変えてくれる。 それが、今年の─明日のクリスマスプレゼントだ。 ワンホール丸々食べて良いらしい。 ま、自分から食べたいと言ったのだが。 だが、本当に丸々食べて良い物を作ってくれるとは思わなかった。 今から楽しみだ。 もう家族でクリスマスを祝うなんてしないと思っていたが、今年は家族と過ごす事になった。 そんなクリスマスもイヴも長岡は仕事。 それ以外はいつもの様に通話を繋げっぱなしで過ごす予定だ。 確かに恋人らしくはない。 だけど、それが良い。 いつもと変わらないのが良い。 特別なんていらない。 こんな風になって、いつもが恋しくなる。 だから、恋人より家族の様に過ごすのが良いんだ。 「アップルパイも出来るけど本当にこれだけで良いの?」 「うん。 クリスマスプレゼントはな」 「作って貰う気満々だな」 優登と話していると、脚に衝撃が走った。 下を見ると丸い頭が脚を抱き締めている。 「おいち?」 「うん。 美味しい。 優登の作ってくれるお菓子はみんな美味しいだろ」 見上げてくる細い髪を撫でると満面の笑みが返ってきた。 これは、自分も食べられると思っているみたいだ。 だが、チョコレートケーキではないが期待しても良いと思う。 だって少量売りの苺が冷蔵庫にあるのを見たからな。 それに、チョコレートを使ったついでなのかホワイトチョコペンで花が書かれたキッチンペーパーが見える。 きっと良いものがプレゼントされる筈だ。 くしゃくしゃと頭を撫でると脚にしがみついてきた。 「へへっ、へへぇ」 「楽しみだな」 「なぁ!」

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