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第1093話
「それとな、もうひとつ」
「もうひとつ?」
白い息を吐きながら、それはそれはやさしく頬笑む恋人に胸がきゅぅっと締め付けられた。
古びた蛍光灯の光が淡く恋人を縁取り、髪はキラキラと輝く。
こんな綺麗な人が目の前にいてくれる現実がとても目映い。
「手ぇ、貸してくれるか」
「はい」
冷たい手がしっかりと自分のそれを握ると、互いの体温が混ざり合い冷たさを忘れるようだ。
指の細さを確認するように何度も撫でてくる。
ウイルスが蔓延してから、こんなにも触れられる事がなかったせいか少し不思議に思いながらも嬉しくてされるがまま。
やっぱり肌と肌が触れていると安心する。
そんな三条を見る優しい眼差しに視線を上げると、それはそれは綺麗に微笑んだ。
「ちょっとだけ俺の我が儘に付き合ってくれ」
ポケットから取り出された“それ”に驚いた。
「本当は誕生日に渡したかったんだ」
なに…
「けど、会えなかったろ」
だって…
「だから、遥登が会いに来てくれた今日にしようって考えてて」
だって……
「今日は俺の番」
それは……
「受け取ってくれますか」
指輪だ。
綺麗な真ん丸が薬指に嵌められた。
冷たい筈なのにとてもあたたかい。
悲しくないのに涙がぼろぼろ溢れて、折角プレゼントして貰ったマフラーを濡らす。
「そういう意味の指輪です」
「そ、いう…」
「そ。
そういう意味」
悪戯っぽく笑う恋人の前で顔をくちゃっとさせながら泣くなんて端から見たらどう見えるんだろう。
ポタポタとマスクやマフラーに涙が落ちて、やがてじわりと染みていく。
「狡い……狡い……ぃ……」
俺は我が儘だから長岡を困らせてばかりいる。
会えないと分かっているのに、会いたいと思ってしまう。
世界なんてどうだって良いと。
家族と友人と恋人が元気でいてくれたら他に何もいらないと。
そんな薄情な人間なのに。
それなのに。
こんなに愛してくれるんですか。
「受け取ってくれますか?」
「はい……っ、も、ちろんです。
でも、」
「でも?」
「嬉しいけど、高そうで、こわい……」
「ははっ、とんでもねぇ感想だな。
でもな、遥登の一生を貰うには安いよ」
俺の一生
マスクが濡れて気持ち悪い。
それでも、涙は止まらない。
「おれ…俺も、プロポーズしたい、です」
鼻をぐずぐずさせながらなんて事を言うのだろう。
でも、正直な気持ちだった。
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