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第1096話

「……遥登」 「はい?」 マスクが片耳外れたままの三条の名前を呼べばマフラーから顔を出した。 そんな律儀な三条にもうひとつだけ。 本当に“特別”だ。 長岡は自身のマスクをずらすと、ほんの一瞬だけ頬に唇をくっ付けた。 本当は口が良かったけど、そうもいかない。 だけど、どうしてもしたかった。 大切になった職業より、世間よりも、もっとずっと。 うんと大切な恋人との大切な日だから。 「っ!!」 「拭くぞ。 今日だけ特別な。 また暫く我慢だけど、口に出来るようになったら滅茶苦茶しまくるから楽しみに待っとけ」 スウェットの袖でゴシゴシと頬を擦り少し赤くなったと笑えば、三条はそわそわと落ち着きなくなる。 変わらないそれがとても嬉しい。 「あ、ウェットティッシュありますから、口拭いてください」 鞄を漁り取り出されたティッシュが恨めしい。 例え恋人でも線が見える。 “家族”じゃない。 “家族”ってなんだろうな。 紙の上だけの他人。 目の前の恋人。 何が違う。 誰かに認めて貰えば家族か。 誰かとは誰だ。 そもそも認めて貰う必要があるのか。 なら、そんな制度糞喰らえ。 そこに奉られている神もだ。 この子を守れないなら、そんなものは棄ててやる。 「ありがとう。 でも、いらねぇよ」 「でも…」 「家族なら良いんだろ」 その言葉にまた顔をくちゃっと歪めて三条は泣き出した。 今日の三条は驚いたり笑ったり泣いたり忙しい。

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