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第1128話

コンビニの店先で覚えのあるにおいがした。 あ、このにおい… 風にのってくるにおいを目で辿る。 甘いナッツの様なにおい。 紫煙の先には喫煙している男性がいた。 スマホを弄りながら煙を燻らせるスーツ姿の男性は兄弟に気付く事なく画面に集中している。 仕事の最中なのか、それとも行きか帰りかは分からない。 だけど、こうして多くの人が休みの日にも働いていてくれる人々がいるから、この生活が成り立っている。 感謝をしつつ、その人から目を離せないでいた。 このにおい、正宗さんが吸ってたのと同じ銘柄だ 久し振りに吸ってる人見た まだ紙煙草吸ってる人もいたんだ 煙いのにナッツみたいに甘くて不思議だよな 「兄ちゃん?」 「あ、ごめん。 行こう」 ゆっくりになった歩みに弟は振り返る。 ハッと意識を此方に戻し、何故か名残惜しく思いながら入店をした。 正宗さんは煙草やめたのに、思い出すなんてな あの柔軟剤の方がイメージあるのに不思議だ においと記憶の結び付きは深い。 あの日の─真っ赤に染まる教室のにおいだってそうだ。 湿気ったA組の教室のにおいに長岡の使っている柔軟剤のにおいが混ざって、更に精液のにおいがした。 何年経っても忘れる事の出来ないにおいで、一気に記憶は蘇る。 鮮やかに明確に。 “大切”に変わった記憶を、あのにおいが香る度に何度も思い出すのだろう。 店内に入ると、もう甘いナッツの残り香はふと消えた。

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