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第1439話
「再来週には咲きますかね」
立派な幹から伸びる枝の先を見ながらそう言えば、早くあったかくなんねぇかなと間延びした声が降ってくる。
みんなが待っているあたたかな春。
それを象徴する花の下で、またおにぎりが食べたい。
勿論、長岡と。
今はまだ、口から出てしまえば我が儘になる。
ごくん、とおにぎりのかわりに飲み込んだ。
「早く見たいですね」
「そうだな。
今年も遥登と見てぇな」
繋いだ小指を揺らされ、視線を合わせればこれだ。
こんなの溶けてしまう。
「嬉しそうな顔して。
かわい」
「男に可愛いって…」
「美味いもん食って美味いって言ってのと同じだろ」
マスクの中で欠伸をした長岡を見ていると、欠伸が移ってしまった。
「お、でけぇ欠伸だな」
「正宗さんのが移りました…。
それより、眠いですか?」
「いや、大丈夫だよ。
金曜だし気ぃ緩んでるだけだ。
あ、キャラメルあんだよ。
食うか」
ポケットから取り出されたのは山吹色の小さな箱。
長岡が持っていると煙草のようにも見えるが、見慣れたパッケージは甘いお菓子の名前が印刷されている。
「良いんですか?
ありがとうございます」
「どういたしまして」
コロコロと手の上に転がされたお菓子は、学生の頃から幾度となく貰ってきた。
そのせいか、なんとなく長岡を思い出すもの。
マスクをずらし口にすると、甘くて蕩けるような味が広がった。
こんなデートをするなんて感染症が蔓延する前は想像する事もなかった。
今となれば、これだけは良かったと思える。
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