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第1444話

中学2年になったら楽しみと言えば修学旅行。 優登の通う中学校では、3学年は受験勉強に集中出来る様に2学年の末に行われる。 それだって中止になった。 楽しみだったのに。 …全部、過去形だ。 そんななんとも形容出来ない気持ちのまま春休みへと突入した。 親の目の届かない大阪、京都を友達と満喫したかった。 テーマパークに行って、兄の好きそうなお菓子を買って、京都で漬け物を買って、綺麗な食事を食べて、綺麗な景色を見て、友達と青春をしたかった。 兄と弟にお土産話を沢山、沢山に話したかった。 だけど、正直な事を言えば優登はそれに少し安心した。 万が一を考えると、こわかったからだ。 重症化したら死ぬかも知れない。 自分も友達も、家族も。 自分が殺すかもしれない。 そんな恐怖に怯えなくて良いのは楽だ。 目を閉じる事は必ずしも負けではない。 どこか気の抜けた優登はお菓子のレシピをぼーっと眺め。 「ゆーと」 「んー…」 「ゆーっ」 寝転がる背中に乗り上げた弟は、兄に元気がないことが分かるのか遊ぼうと身体を跳ねさせる。 されるがままの兄に何かを感じ取ったのか動きを止め、顔をくちゃりとさせた。 「うぇ…えぇぇ」 「どうした、綾登? なんで泣くんだよ」 「綾登、どうした?」 「兄ちゃん…」 背中に乗り上げた末弟を抱き上げあやす兄を見ていると、なんだか自分まで泣きたくなってくる。 兄だって沢山の事を我慢している筈なのに、自分だけみたいに泣くのは狡い。 兄だって我慢している事が沢山ある。 兄だけ大学に行けてない。 誰かは分からないけど会いたい人にも会う事を控えている。 なのに、兄は一言も文句を溢さない。 「沢山泣け。 そうしたら腹が減るだろ。 沢山飯が食えるな」 細い髪を撫でるその手の優しさが自分にも伝わってくる。 「優登、お菓子作るのか?」 「見てるだけ…」 「紅茶のシフォンケーキ食いたい。 この前の美味かったよ。 また今度作ってくれるか?」 「うん」 「やった。 ありがとう」 「うん」 兄の優しさが、ぽっかり空いた穴に染みていく。 泣きそうなのをグッと堪えると、兄みたいに笑った。 「今度のはもっとふわふわにするから」 「楽しみだな」 「うー…ぅぇ…」

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