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第9話 知られることのない想い
週末の土曜日。俺は約束通り先輩と映画を見に行くことになった。前日はそわそわしてしまって何度も持ち物の確認をしたし、服装も悩んだ。しかもよく眠れなかったし。
「まだ時間は…充分あるか。つーか、早く着いちゃったな」
腕時計を見ながら苦笑する。待ち合わせ場所の、何やらよく分からないシンボルマークのモニュメントの下、先輩がまだいないことを確認してベンチに座る。スマホを取りだし操作するが、特に何も連絡は入ってなかった。
…何にもない。何でだ。
咄嗟に思い浮かんだのは賢司への文句の言葉だった。いやでも待て。別に、いいじゃないか連絡がなくても。
賢司は、先輩と映画を見に行くことが分かったあと、ほとんど連絡をしてこなかった。おはようとおやすみ、は連絡が入ったけど…特に会話という会話はなし。電話もなし。それまでは事あるごとに連絡してきたくせに。
しかも大学でも会わない。
家にも呼ばれない。
「…違う。今までが異常だっただけだ」
距離を取ってくれるならそれはそれでいい。
だって俺が好きなのは先輩なんだから。
「早いな、晴翔」
「え、あ、先輩!」
ぐるぐる悩んでいると、先輩が到着した。
大学以外で会うのは初めてだからか、何だか先輩がいつもと違って見える。あと、妙に緊張する。
「あ、はは…なんか、早く来ちゃって」
「俺も。晴翔と会えると思ったら…嬉しくて」
にこりと微笑まれ、胸がきゅう、と締め付けられるような気がした。先輩が俺のことを思ってくれてたなんて、すごく嬉しい。
「じゃ、行こうか」
「はい!」
隣で並んで歩く。大好きな先輩と二人きり…何だかむず痒い。俺は、なるべく気持ちがバレないように、きゅっと顔を引き締めようと頑張ることにした。
「今日は何時まで大丈夫なんだ?」
「何時でも!」
「本当か? 無理しないでいいぞ」
くすくすと笑われ、思わず赤面してしまった。やばい、早速取り繕えなくなってる。
「映画を観終わったら、買い物に付き合ってくれないか?」
「あ、はい、もちろん!」
「ありがとう。晴翔も行きたいところがあったら言ってくれよ」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。
それだけで舞い上がってどうにかなってしまいそうだ。でも…
「…?どうした」
「い、いえ、何でもないです」
浮かんだ言葉を頭の隅に追いやり、俺は先輩に笑いかけた。
**
「面白かったですね!」
「そうだな。伏線をしっかり回収してくるあたり、さすがだよなぁ」
「ですね!」
映画が終わったあと、買い物して、しかも夕食まで一緒に食べることができた。こんなに幸せでいいんだろうか。
「今日は付き合ってくれてありがとな」
「こちらこそ、ありがとうございます!楽しかったです」
「そっか。良かった」
今は帰り道。
時間はあっという間に過ぎてしまって、もう終わってしまうのか…と、名残惜しく感じる。
もうアパートが見えてくる。楽しいことって、どうしてこんなに早く終わってしまうんだろう。
アパートの目の前に着き、足を止める。
横をちらりと見ると、先輩は何だか寂しそうな顔をしていた…、なんて、俺の願望かな。
「…何だか、名残惜しいな」
「え」
意外な言葉に驚き固まっていると、ぎゅ、と手を握られた。一気に顔に熱が集まる。あと、握られた手がすごく、熱い。
「俺、本気だよ」
「あの…、先輩…」
「少しずつでいい。俺のそばにいて、俺のことを知って、それで…俺を好きになってほしい」
「…っ」
もう充分好きです、という言葉を言えたらどんなに楽か。
でも、俺は賢司の番だ。逃れることのできない証を刻まれてる。それだけじゃない。何度も何度も賢司と肌を重ねている。そんな俺が、どうして先輩に好きって言える?
でも…でも、許されるなら…
先輩に伝えたい。自分の正直な気持ちを全部ぶつけたい。
「………俺…」
好きです。あなたが。
『…俺を見て、晴翔』
「…っ」
でも口を開いた瞬間、賢司の辛そうな顔が思い出された。何でこんな時に思い出すんだ。
あいつは俺の意思を無視して番にして、こういう場面でも俺を縛るのか。俺がどんなにもがいても、逃げられないっていうのか。
…。
ああでも、賢司の辛そうな顔見るの、なんか、嫌だな…。
「…」
「!ごめん…晴翔。泣かせるつもりはなかったんだ」
「す、すいません。違うんです…違う…」
「…」
そっと先輩に涙を拭われる。
どんどん溢れていく涙は、どうしてか止められなくて、先輩に困った顔をさせてしまった。
「ごめんなさい…、あの、今日は、ありがとうございました」
俺は先輩から逃げるように後退り、アパートへと足を向けた。
「晴翔!また…、…大学でな」
「…はい。おやすみなさい、先輩」
「おやすみ」
先輩に背を向け、俺はアパートの階段をのぼっていった。ゴシゴシと涙を拭い、自宅の扉の前にたどり着く。
「…えっ」
「おかえり晴翔」
「……賢司…」
そこには、今会いたくない相手…
賢司が、穏やかな表情で立っていた。
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