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第10話 ひとつの嘘

「……何の用だよ」 「晴翔の顔が見たくなって」 ここ数日、連絡を寄越さなかったくせにそういうことを言う。しかも先輩と会った日、とか、狙ってるとしか思えない。 「ああ、先輩とのデート、楽しかった?」 「…!」 こいつ。やっぱり確信犯か。 次第に腹が立ってきて、キッと睨むように見ると苦笑された。賢司に遠慮する気持ちもあったから、普段は先輩のことをほとんど話題に出さなかったけど…そっちがそういう態度なら、俺だって開き直ってやる。 「た、楽しかったよ!すげー楽しかった!好きな人と一緒に居れるのは嬉しいだろっ」 「…。そうだな。楽しいよな」 賢司はいつも以上に穏やかな表情で、逆に拍子抜けしてしまう。一体どうしたというんだろう。 「…。つーか、ここで話したくない。ここ通路だし、っていって俺の部屋とか、壁薄くて会話筒抜けだし」 「じゃあ…少し歩くか」 「…。おう」 俺と賢司はアパートを後にし、横並びになって人通りの少ない道を宛もなく歩き始めた。 しばらく無言だったけど、公園の近くまでさしかかったとき、ふと賢司が足を止めて俺の方を見た。 「なぁ晴翔。さっき先輩の前で泣いてただろ」 「…っ、見てたのかよ!」 「そろそろ帰ってくるかと思って見てたら、たまたま目に入ったんだ」 色々な感情がぐちゃぐちゃになって、何か賢司の寂しそうな顔が思い浮かんで泣いてしまったとか、恥ずかしくて言えない。 そもそも、俺は先輩のことが好きなはずなのに、賢司のことを思って泣くとかありえないだろ。あれはきっと、賢司が俺のことを縛り付けてるのが嫌で… 「俺、親から見合いしろって言われたんだ」 「は?」 ぐるぐると考え込んでいるところに、突然投げ込まれた単語は、簡単には頭で処理できなかった。今、賢司は何て言った? 「見合い、って、なんだよ」 「見合いは見合いだ。大学入ったし、そろそろ頃合いだって言われてさ」 「い、意味が分かんないんだけど」 「そういうことだから、…遊びはもう終わり、ってことだ」 「あそ、び…?」 「相手もα。うちの両親二人ともαでさ、やっぱり相手は同じ性にしろってうるさくて。子どもの頃からずっと言われてたんだ。だから…結婚させられる前にΩと遊んでみたくて。近場にいたΩといったら、晴翔、お前だろ。ちょうどいいなって。だから軽い気持ちで手を出したんだ」 すらすらと淀みなく話される内容に頭がついていかない。賢司の言葉をただただ呆然と聞いてるしかできない。何言ってんだ、こいつ。 「つまり、俺はただの結婚までの暇つぶしだった…って?」 「そうだ」 「…、お前」 「騙してたのは悪かったと思ってる。だから殴るなり詰るなり好きに、」 「ふざけんなよ」 「…。」 「そんな嘘、信じるわけないだろ!」 「…は?」 きょとん、とした顔の賢司を見て益々イラッときた。何だこいつ。俺のこと何だと思ってるんだ。突拍子もない"嘘"を信じると思われてることが一番腹立たしい。 「お前なぁ!俺たち何年一緒に居ると思ってんだよ!そりゃ、ここ最近のお前の行動とか、考えとか、分かんないってことあったけど…、でも、さすがに今のは無い。お前がそんなこと言わないことくらい分かるっての!つーか下手くそか!!嘘ついてんのバレバレなんだよ、ばーか!」 「ば…っ?!」 「そもそも遊びで番にしないだろ、お前は!」 「…っ」 番、という単語を聞いた瞬間、賢司の顔色が変わった。怪訝な顔をして賢司を見ると、ふいっと目線を反らされた。 「……じゃ、ない」 「は?」 「番じゃ、ない」 「はぁ?この期に及んで何言い出すんだよ。怒るぞ。つーか殴るぞ」 「俺と晴翔は番じゃない。番っていうのは、Ωの発情期にαがうなじを噛まないと成立しない」 「だから!成立しただろ。お前が発情期になる薬を俺に飲ませたくせに」 「あれは擬似的な薬だ。本当の発情期じゃない。あの状態でいくら噛んでも番にはならない。なるはずがない」 「…え、じゃあ、何だよ。今までは何だったんだよ」 「…」 そっとうなじに触れる。見えないけど、ここには確かに噛み痕があるはずだ。美那にも確認してもらったんだから間違いない。 でも、 間違いないはずなのに、嫌な汗が背中を流れるのを感じた。 「…もう晴翔とは会わないから、安心して」 そして、目を合わせないまま、俺に背を向けて歩きだした賢司を、…俺は引き止めることができなかった。

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