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出逢い(7)
「別にムキになんてなってないし。とにかく! ガキに用はないんだ。じゃあね!」
ムッとした表情で、捨て台詞を吐き捨てて、アンジュは踵を返して歩きだした。
それでもまだ後ろから、くっくっくっと、押し殺した笑い声が聞こえてくる。
──ムカつく!
「あー、待ってよ! ねえ! 仕事が欲しいんでしょ? なら、マフィアに付いていくよりも、もう少しマシな仕事紹介するよ!」
ムカつくが、背中にぶつけてくる言葉に、思わず足を止めてしまう。
高校生が仕事の紹介をしてくれるなんて、信じた訳じゃないけれど。
「仕事って?」
振り返ったアンジュに、彼は人懐っこく笑いかけた。
「さっきも言ったけど、うち、いくつか店をやってるんだ。そのうちの一つで……」
話を聞いてみると、どうやらクラブのようだ。
普通のクラブと違うのは、キャストが全員“Ωの男”だという事。
「あそこなら、住み込みで食事付きだから、生活に困るような事もないよ」
アンジュのように帰る場所もなく困っているΩへの救済も兼ねて雇っているのだと言う。
「お前のお父さんが経営してるんだ?」
「うん。でももう年で殆ど引退してるようなものだから、今は12才離れた兄が代行しているんだけど」
クラブだから、キャストは普通に接客するのが仕事。
Ωだからと言って、身体を売る必要もないのだ。
「だけど、19才じゃキャストをさせる訳にいかないから、掃除や簡単な事務とか、店には出なくていい仕事になると思うけど」
店に出なくてもいいのなら、その方がアンジュにとっては都合がいい。人と話すのは得意な方ではないし、アルコールを扱う店の接客なんて全く出来る気がしなかった。
「いいよ、それで」
「じゃあ決まりだね」
彼に案内されて、アンジュは歩き出した。
「ね、名前なんて言うの?」
「アンジュ……アンジュ・ブラン」
「へぇ、“白い天使”か。僕は、アーロン・ティカアニ」
夜が更ける程に、賑やかになるダウンタウンのストリートを、人の波を縫うようにして歩いていく。離れそうになると、彼がそっと手を繋いできた。
「この辺、本当に危ないから。逸れないようにね」
ふわりと心地よい香りが鼻腔を掠めた。何か香水でもつけているのだろうか。それとも彼自身の匂いなのか、その時は分からなかった。
「俺がブランだから、お前はアンバーだったらよかったのに」
「え?」
──その琥珀色の瞳が綺麗だから。
そう思ったけど、言葉にはしなかった。
「名前なんてすぐ忘れそうだから、アンバーって呼んでやるよ」
そう言うと、彼はまた人懐っこい笑顔を浮かべて、「いいよ」と返してきた。
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