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運命の番(2)

 ******  その日の夜。  アンジュが開店準備を終え、キャストの控え室のドアを開けると、何やら皆が色めきたっている。 「何かあったの?」 「今夜、オーナーのイアン様が来店するらしいんだよ」  オーナーとは、たぶんアーバンの兄の事だろう。 「毎月一度、番になるΩを探しにくるんだ」 「え? オーナーって、まだ結婚してないんだ?」  アンバーとは12歳離れているのだから、もう30歳だ。てっきり、とっくに誰かと番っているものだと思っていた。 「でも毎月……って、今までにも探しにきて選ばれた人はいなかったの?」 「ううん、毎月一人選んで連れて帰るんだけど、選ばれた人は、それっきり店には戻って来なかったんだよ」 「え? それってなんかヤバくない?」  毎月一人連れて帰るのに、誰とも番っていない上に、その選ばれた人は店には帰ってこないって……どういう事だろう。 「たぶん……結局お気に召さなくて、結局選ばれた人も店には居辛くなって辞めたって事じゃないかなぁ」 「ふーん」  でもそれじゃあ、イアン様とやらに気に入って貰える保障もないのに、なんで皆こんなに色めき立ってるんだろう。 「イアン様って、本当に素敵な人なんだよ。あんな人と番えたら、どんなに幸せだろうって思うよ」 「へぇ……でもそれで気に入られなかったら店を辞めなくてはいけなくなるんだろ?」  今の生活を失うかもしれないのに。 「その時は、また考えるよ。それよりも少しでも可能性があるなら掛けてみたいじゃない」 「そうかなぁ。俺は今のままで充分だけど……」  これまでの事を思ったら、アンジュにとって、今の生活は天国のようだった。  ここからずっと遠い西の街、ウエストシストで生まれたアンジュは、5歳まで母と二人暮らしだった。  そんなある日、イーストシストからアンジュの“父親”だという人物の使いが来て、母の手から奪い取るようにして、アンジュは連れてこられた。  母が父と、どういう出逢いをしたのかは知らないが、Ωの母はたった一人でアンジュを育てる為に、寝る暇もなく毎日働きに出ていた事をよく覚えている。  父には跡継ぎがいなかった。だから遠い土地で孕ませた女の子供を思い出し、アンジュを連れに来たのだ。  ──αとΩの間に生まれる子供は、α性である確率が高いから。  だけど、正式に養子として迎えるのは、10歳の性検査の日まで待たれていた。  そしてアンジュは捨てられたのだ。  その理由は、ただひとつ──Ωだったから。  その時、父が言った言葉がずっと心の奥で、今もアンジュを苛んでいる。 『やっぱりΩの娼婦の子供は、同じように卑しい性から逃れられないのだな。お前も母と同じように、その身体を売って生きていくしかない』  入れられた施設は、Ωばかりを集めた保護施設だった。  しかし、保護されるべき場所であるはずの施設の院長は、少年性愛者だった。  毎晩、院長はお気に入りの少年を自分の寝室に連れ込んだ。  アンジュは、施設に入ったその夜からずっと、19歳になる日まで、風邪を引いたりした時以外は、一人でゆっくり眠れた事がない。

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