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運命の番(4)
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何の準備もさせてもらえずに、アンジュは着の身着のままで、ティカアニ家へ連れてこられた。
そこは、イーストシストの一等地にある大邸宅だった。
大きな門扉をくぐり、両側に森のように木々が茂る長いアプローチを抜け、漸く玄関に辿り着く。
大勢の使用人達に出迎えられ、アンジュはキョロキョロしながら家の中へ入って行った。
「君の部屋は用意してある。案内させるから、今夜はゆっくり休んでくれたまえ」
『おやすみ』と、イアンはアンジュのこめかみに軽くキスをして、さっと身を翻して階段を上って行ってしまう。
──『今度のルナティック(狂気)の夜の相手は君だ』
(あれはどういう意味だったんだろう)
車の中でも聞けないまま、ここまで来てしまったけれど。これから自分はどうなるのだろうと、不安が胸を過る。
番を探しているという話だったが、果たして自分は番として気に入られるのだろうか。
もし、気に入られなかったら、また路頭に迷う事になる。
それに──自分にはまだ発情期が来ていない。
平均して15歳くらいが、初めての発情期を迎えるΩが多い。
なのに、アンジュは19歳の誕生日も過ぎてしまったのに、その兆候さえ感じない。
「──アンジュ?」
メイドに案内されて部屋に行く途中の廊下で、後ろから知った声に呼ばれた瞬間、アンジュはピクリと肩を震わせた。
「アンバー……」
あれからずっと逢いたいような気がして、でも逢ってはいけないと思っていた。
考えないようにしていても、何故だか気が付けば思い出している。
アンバーの甘い声や、整った顔立ち、その琥珀色の瞳と目が合った瞬間に感じた胸の鼓動。そして──彼の匂い。
だけどアンジュは、こんな事ばかり考えてしまう自分に嫌気がさしていた。
本当に浅ましい。これが卑しいΩ性の血なのだ、と。
「どうしてここにいるの?」
「……イアン様に連れてこられたんだ。その……」
──番になる為に。
アンジュは思わず口籠ってしまう。その事をアンバーに伝えたくなかった。
だけど、彼はすぐに察してしまう。
「もしかして、番候補?」
「ま、まぁ……そういう事なのかな……俺もよく分からないんだけど……」
アンバーの琥珀色の瞳が暗く曇るのを、俯き気味のアンジュは気が付かない。
「兄さんのことが好きなの?」
「え、いや……。でも、素敵な人だとは思う」
好きか嫌いかと訊かれたら、たぶん“好き”になるのかもしれない。でも、それは恋愛感情とは違う。
しどろもどろに答えるアンジュの肩を、アンバーはがっしりと両手で掴んだ。
「番になるって、それがどういう事なのか分かってるの?」
「ど、どうしたんだ? 急に……。放せよ、痛い……」
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