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運命の番(7)

 翌日から奇妙な同居生活が始まった。  家族は兄のイアンと弟のアンバー。そしてお屋敷のどこかの部屋で寝たきりらしい、この家の当主、つまり二人の父親がいる。  イアンとアンバーは腹違いの兄弟だが、母親らしき人はこの家には居ないようだ。  朝と夜は、決まって三人で食事をする。  兄弟の仲は、普通に良いようだ。  アンバーは朝食を食べると学校に行き、イアンは書斎に篭っているかと思えば、仕事に出かけたりする。  家には使用人がいるから、アンジュはこれと言ってやる事がなく、暇を持て余していた。  手伝おうとしても、『イアン様の未来のご伴侶ですから』と、断られてしまう。  時々イアンが散歩に誘ってくれる。と言っても、屋敷の敷地内だけなのだが。  柔らかい物腰と、心地よい低い声。  確かに“素敵な人”だと思う。店のΩ達が騒いでいた気持ちが、今ではよく分かる。  だけど、胸が締め付けられるようなあの想いとは違う。  アンバーが家に帰ってきたのが、感覚で分かる。  飛んでいきたい気持ちを抑えて、さり気なく玄関まで下りて行ったり、誰にも見られないように、吹き抜けの二階の柵から身体を乗り出して、その姿を探したり。  そして、どんなにこっそり覗いていても、必ずあの琥珀色の瞳と目が合ってしまうのだ。  するとアンバーは、決まってあの人懐っこい笑顔を浮かべて話しかけてくる。  他愛ない会話をして、最後はいつも物陰に隠れて、アンバーはアンジュの唇に口づけた。  でも、いつも触れるだけの短いキス。  だけど、それだけの事が、二人だけの大切な秘密のような気がして毎回ドキドキするのだ。  イアンがアンジュにキスをしたのは、店に現れたあの日の一度だけだった。  あの時は、身体が固まって動けなくなった。ドキドキとは違う。あれは一種の恐怖だった。  アンバーに対する気持ちとは、全然違う。  ──どうしよう、アンバーが好きだ。  初めて出逢ったあの時から、アンバーの瞳はアンジュの魂を惹き付けていた。  でもアンジュは、イアンが“番”にと決めて、連れて来たΩだ。一族の、より良いαの血を絶やさない為に。  だからきっと、アンバーはイアンに逆らえない。次の満月までアンジュに発情期が訪れずに、この家を出ることになるまでは。  そして、あっと言う間に一週間が過ぎ、満月の日を迎えた。

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