15 / 22

初めての夜(1)

 その日は、朝食の時は二人と顔を合わせたが、その後は、もうすぐ日が暮れると言うのにアンバーもイアンも姿を見せない。  朝食の時に、イアンからは『今夜、10時頃に君の部屋に行くからね』と言われた。  その後、イアンが書斎に行ったのを確認してから、アンバーが『日が落ちたら、部屋に鍵をしっかり掛けて、誰が来ても絶対開けたらいけないよ』と、こっそり耳打ちをしてきた。 『アンバーが来ても、開けたら駄目なのか?』 “誰が来ても”と言ったので、揚げ足を取るつもりで返した言葉だったのに、アンバーの目は真剣だった。 『そう。僕が来ても開けたら駄目』  アンバーがそう応えたのも、面白がって、ただ揶揄われただけだと思っていた。  そう言えば、今日は大勢いる使用人達の姿も見かけない。  昼食時も二人の姿はなく、大きなテーブルに、ポツリと一人分のランチが置かれていた。  ディナーの時間になってダイニングに行っても、やはり二人の姿は無く、一人分の食事がテーブルに置かれていた。 「なんだよ、変なの」  思わず、独り言ちってしまう。  窓の外は真っ暗な闇が広がっている。  今日は朝から雨模様で、空は分厚い雲に覆われていた。  夜になって雨は上がったが、せっかくの満月が雲に隠れてどこにも見えないし、辺りは暗い。  もうすぐ約束の10時だ。部屋に戻っていなければ。  やはり、アンジュには、まだ発情期は訪れていない。  ──良かった……と、内心安堵していた。  とにかくこれで、イアンとは番う事なく、明日からは店に戻れるだろう。  イアンが部屋に来たら、鍵を開けずに中から話そう。まだ発情期はきた事が無いと。  がっかりするんだろうか。それとも『しょうがないね』とすっぱり諦めてくれるだろうか。  アンバーとの事は、まだ話さない方が良いだろう。今日だけは、あの優しい人をその事で悲しませたくない。  それに、アンバーが高校を卒業して、自分もアンバーももう少し大人になってからでも遅くない。  そんな事を考えながら、部屋に戻ったアンジュは、アンバーに言われた通りに中からしっかりと鍵を掛けた。  1階のサロンにある、古い柱時計が時刻を知らせる鐘の音を鳴らし始めた。  10時だ。  そう思ったのと同時に、部屋のドアがノックされた。 「アンジュ、私だよ」  イアンの声だ。いつもの優しい低音の声だ。

ともだちにシェアしよう!