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初めての夜(1)
その日は、朝食の時は二人と顔を合わせたが、その後は、もうすぐ日が暮れると言うのにアンバーもイアンも姿を見せない。
朝食の時に、イアンからは『今夜、10時頃に君の部屋に行くからね』と言われた。
その後、イアンが書斎に行ったのを確認してから、アンバーが『日が落ちたら、部屋に鍵をしっかり掛けて、誰が来ても絶対開けたらいけないよ』と、こっそり耳打ちをしてきた。
『アンバーが来ても、開けたら駄目なのか?』
“誰が来ても”と言ったので、揚げ足を取るつもりで返した言葉だったのに、アンバーの目は真剣だった。
『そう。僕が来ても開けたら駄目』
アンバーがそう応えたのも、面白がって、ただ揶揄われただけだと思っていた。
そう言えば、今日は大勢いる使用人達の姿も見かけない。
昼食時も二人の姿はなく、大きなテーブルに、ポツリと一人分のランチが置かれていた。
ディナーの時間になってダイニングに行っても、やはり二人の姿は無く、一人分の食事がテーブルに置かれていた。
「なんだよ、変なの」
思わず、独り言ちってしまう。
窓の外は真っ暗な闇が広がっている。
今日は朝から雨模様で、空は分厚い雲に覆われていた。
夜になって雨は上がったが、せっかくの満月が雲に隠れてどこにも見えないし、辺りは暗い。
もうすぐ約束の10時だ。部屋に戻っていなければ。
やはり、アンジュには、まだ発情期は訪れていない。
──良かった……と、内心安堵していた。
とにかくこれで、イアンとは番う事なく、明日からは店に戻れるだろう。
イアンが部屋に来たら、鍵を開けずに中から話そう。まだ発情期はきた事が無いと。
がっかりするんだろうか。それとも『しょうがないね』とすっぱり諦めてくれるだろうか。
アンバーとの事は、まだ話さない方が良いだろう。今日だけは、あの優しい人をその事で悲しませたくない。
それに、アンバーが高校を卒業して、自分もアンバーももう少し大人になってからでも遅くない。
そんな事を考えながら、部屋に戻ったアンジュは、アンバーに言われた通りに中からしっかりと鍵を掛けた。
1階のサロンにある、古い柱時計が時刻を知らせる鐘の音を鳴らし始めた。
10時だ。
そう思ったのと同時に、部屋のドアがノックされた。
「アンジュ、私だよ」
イアンの声だ。いつもの優しい低音の声だ。
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