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初めての夜(2)
「ここを開けてくれないか?」
カチャカチャと外からレバーハンドルを回しているが、中から鍵が掛かっている為にドアを開けることは出来ない。
何だか少し申し訳ない気持ちになってくる。
話を聞かずに、いきなり強引になんて、するような人じゃない事は、この一週間一緒に暮らして分かっている。
「すみません、すぐ開けます」
アンジュは慌てて鍵を開錠した。そっとドアを開けると、白いスーツを着て赤いワインとグラスを手にしたイアンが微笑んで立っていた。
「入れてもらえないのかと思って、ちょっと焦ったよ」
「すみません……あの、俺、イアン様にちょっと話したい事があって……」
アンジュが話を切り出そうとすると、イアンはクスっと小さく笑いながら、ワインとグラスをテーブルの上に置いた。
「イアンでいいよ。もう今夜からは他人じゃないんだから」
チクッと、少し胸が痛む。
一週間前にこの事を先に言っておけば良かったのだ。
「それで、何だい? 話って」
「実は……俺……」
言い辛くて口籠ると、イアンは「ん?」と小首を傾げて話を続けるように促した。
「実は俺、まだ発情期は経験した事が無いんです」
途中で言葉が途切れないように、一気に言いたかった言葉を口にして、アンジュは俯いた。
「ああ、なんだ、そんな事。分かってるから大丈夫だよ」
グラスに注いだワインをアンジュの目の前に差し出して、イアンはアンジュの言葉を何でもない事のように流した。
「ほら、グラス受け取って。二人の未来に乾杯しよう」
アンジュが受け取ったグラスに、イアンは手にあるグラスを軽く当てた。ガラスが触れ合う小さな音が涼やかに鳴った。
──どうしよう。
思惑が外れて、アンジュはどうすれば良いのか分からなくなってしまう。
アンバーは、満月の夜に番うのが習わしだと言っていた。でもそれなら、今夜は番う事はできない。
その事を知っていて、イアンはどうして部屋に来たのだろう。
答えは一つしか無い。今夜は番えなくても、セックスは出来る。
自分はルナティックの夜の相手に選ばれて、ここに来た。だからイアンに抱かれる事は最初から納得の上だったのだ。
今更、断れない。断ったら店へ戻る事も出来なくなるかもしれない。
だけど今は……アンバー以外の人に抱かれるなんて考えられなくなっていた。
思考が空回りして良い策が見つからない。
アンジュは手にしたグラスを傾けて、ワインを一気に飲み干した。
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