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初めての夜(4)

 その時、激しくドアを叩く音が耳に届いた。 「アンジュ!」  声が聞こえた次の瞬間、部屋のドアが蹴破られた。 「アンバー!」  部屋に入ってきたアンバーと視線が絡む。  彼は、初めて出逢ったあの日のと同じく、走って来たせいか少し息急いている。  何だか妙に慌てている様子が幼くて可愛いと思った。 「兄さん、駄目だ!」  アンバーは窓際に駆け寄り、全てのカーテンをピッタリと閉めた。月の光が入ってこないように。  そして、床に転がっている注射器を拾い上げ、獣人化したイアンを睨みつけた。 「兄さん、これは何?」 「言わなくても分かるだろう?」 「これは、法律で禁止されている薬物だ。やっぱりマンテーニャと繋がっていたんですね?」  マンテーニャとは、あの時の男が言っていたマフィアの事だ。 「仕方がないだろう? 血統を絶やさない為だ。私達はより多くのΩと番い、より多くの子孫を残さなければいけない」  ティカアニ家は表向きは、Liberty bellを始め、数々の高級クラブを経営しているが、財政会との繋がりが深く、裏では常時パーティを開いていて、高級娼婦や男娼をVIPにあてがう仕事もしていた。  そして、この地に住み着いた100年も前から、マンテーニャとも深く関わっていた。  店に勤めるキャスト達を、言われるがままマンテーニャに流していて、その見返りに法律で禁止されている薬物を手に入れていたのだ。  Liberty bellに戻ってこなかったキャスト達も、これらの事が原因だったのだろう。  全ては、一族の血を絶やさない為に行っていた裏の顔だった。  イアンは、荒い息を吐きながらも、徐々に落ち着きを取り戻し、また人間の姿に変化していく。   「混血のお前には、分からないよ。私や父さんがどんなに苦労して一族を守ってきたか」  遠い昔に、街に下りてきた狼が人を襲い、それがきっかけで大規模な狼狩りが行われ、ウェアウルフ達は絶滅の危機に陥った。  今でも狼は、好んで人を襲う悪しき存在として捉えられ、狼ハンター達が狩りを盛んに行っている。  いつ自分がハンターに狙われるか分からない人間社会で、彼らはそこに溶け込んで暮らしてきたのだ。  とりわけ、α性を生む確率の高い人間のΩと番う為に。 「僕は、この家を出ていくよ。兄さん」 「待て! 一族を見捨てる気か?」 「見捨てるんじゃない。血統や一族の為じゃなく、誰にも迷惑をかけないで、好きな人とひっそりと静かに暮らしたいだけなんだ」  ──そして自分だけの家族を作りたい。  そう言って、アンバーはアンジュの手を取った。 「兄さんも、いつか本当に好きな人ができたら分かるよ」  しっかりと手を繋ぎ、部屋を出ていく二人の背中に、イアンは小さく聞こえないように呟く。 「生意気言うな。アンジュのことは、私だって本気だったんだ」

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