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第2話

薫と初めて会ったのは、小学校の入学式だった。生まれた頃の薫は体が弱く、入退院を繰り返していたらしい。俺は母の美津留に連れられ、薫は圭子さんと一緒だった。「オメガで可愛い子だよ」と美津留が言っていたのに、実際に会った薫は俺より一回りも大きく顔立ちも男だった。俺の気にしてる部分を刺激する薫の容姿も、格好付けた顔も気に食わなかった。圭子に促されて薫が自己紹介した。 「剣崎薫です。お目にかかれて嬉しいです」 「気を遣わなくていいよ。こちらこそ河東凌一です」  両親達は俺たちを結婚させたいらしいが、こんな俺より体格のデカい男みたいなオメガなんかお嫁さんじゃない。 「お嫁さんは俺よりも可愛い子がいい」  母親達が慌てて薫のいいところを並べ立てたが、俺は薫を見ようとしない。ずっと俯いていた薫の目から涙がこぼれ落ちるのが見えた。声を出さないよう唇を噛んで泣いてた。 その時、俺はなぜたか薫も容姿を気にしているんだと思った。 「泣くなよ」 「凌一くんは僕の事嫌いなんだろ……」 「ちっ違うよ! 俺より格好良かったから」 「え! そうなの? 僕、格好いい?」  涙目で笑う薫に俺はぎこちなく頷いてみせた。 「じゃ僕が凌一くんを護ってあげる」 「いいよ! 友達で!」  薫は嬉しそうに頷いた。あの頃の素直な薫は今じゃ……やりチンのクソになった。こうなったのは高校からで……  見知らぬ女子生徒にいきなり殴れ、覚えのない俺はその状況に呆然とするだけだった。騒動を聞きつけた薫が「それ俺だわ……俺が狩った奴」と澄ました顔で笑った。今まで怒鳴り散らしていた女は、薫を見て立ち去ったが…… 「クソだなおまえ」 「そりゃどうも」  その噂は瞬く間に広がって、ある事ない事尾が付き「河東凌一はやりチンだ」という噂まで流れた。迷惑この上ない薫の素行の悪さに俺はうんざりしていた。そのくせ俺はこいつの家でダラダラしてんのは、なぜなんだっていつも思う。  幼馴染みという腐れ縁があるからか? 「薫、眠いのか? 昼間も眠そうだったし」  ソファーで怠そうに寝ている薫の側に座った。薫の長い前髪を何度か梳いてやると眠そうな目を開けた。 「ん…な…に……?」 「薫って香水…とか付ける?」  すんすんと辺りの匂いを嗅ぎ、薫の使うシャンプーの香りかと首の辺りに鼻を近付けた。クチナシのような、沈丁花のような、甘い人を惹きつける香り。突然、薫が首筋を押さえ起き上がり、鞄からスケジュール帳を取り出した。 「一週間も早い! クッソ!」 「何が?」 「部屋出ろ! 早く!」 「なんだよ急に」 「いいから! 早くしろよ!」  有無も言わさず俺を部屋のドアから押し出した。薫になんか言ってやろうとしたが、勢いよくドアが閉まり施錠する音が聞こえた。 「どうしたんだよ」 「あれ…なんだよ分かるだろ?」 「あ……大丈夫か?」 「……へ…平気」  ドア越しの薫の声が辛そうに言った。薫は新薬の発情期抑制剤で、一ヶ月に一度ある発情期を半年に一度にコントロールしている。 「無理するな。あの薬、合わないんじゃないのか? もう少し弱い薬にすれば、辛い思いしなくて済むだろう?」 「ダメだ! 絶対圭子さんに言わないで! 情けねぇ…こんななりでオメガだなんて……」 「それは俺もだろ……」 「凌一は俺を…オメ…ガ扱いしない」 「俺は…役に立たないアルファだ」  俺はオメガフェロモンアレルギーでオメガを受け入れられない。薬で拒否反応を抑制しているが、男として役に立たない勃起障害が起こる。 「ご…めんな俺…いつも迷惑掛けて」 「いいよ、そんなの」  たまに素直な薫になるから、普段の素行の悪さを咎められない。でもそれは全部、俺のせいだ。  俺に群がる奴等に関わるなって言ってるのに……  あんな「狩り」という行為を許すのは、俺自身どこかで懲らしめてやりたいと思っているから……それが出来る薫を利用して俺は最低だ。 「なぁ…凌一、俺の事好きか?」 「なに言って親友だろ?」 「そうだな……凌ちゃん、圭子さんに言っといて」 「ああ、分かった。無理すんな」  薫の返事はもう返ってこなかった。発情期になると家族にさえ、部屋の入室を拒む。圭子さんが俺にだったら話をしてくれるんじゃないかって、薫が発情期の期間こうやってドア越しの会話をしてきた。  何度、説得しても「こんな姿見られたくない」と言われ続けている。発情期が辛くて命を絶つ人がいると聞いた事がある。発情期が終わり薫の姿を見るまで安心出来ない。    目の前のドアが薫の重く、閉ざされた心のように思えてならなかった。

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