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第7話

「アル、相談があるんだけど」 「なんでしょう、七音さま」 闘技場に言ってから十日。相変わらずヒュドゥカとは朝食を共にし、時々夕食を共にする。だがふたりで過ごす時間はそれだけだ。食事が終わると、ふたりはそれぞれの寝室に引き上げた。 もう少しヒュドゥカのことを知りたいという、七音の気持ちは空振りに終わっている。 「ヒュドゥカのために俺ができること、ないかな?」 「できること、ですか」 「色々良くして貰ってるのに、俺は何もできてないから」 番なら、番としての役割があるだろう。だが、ヒュドゥカと七音の寝室は分けられていて、一度も同じベッドで休んだことはなかった。 男のオメガは発情期以外、妊娠の確率は低いと言われている。その上雄を受け入れる場所は発情期以外には濡れず、十分な準備をしなければ雄を受け入れることができない。 つまり、アルファの血統を残すためだけに番った七音とは、発情期以外に肌を重ねるつもりがないのだろう。 「そうですね。では、ヒュドゥカさまの晩酌のお相手をなさるのはどうでしょう。ヒュドゥカさまは決まって夕食の後で晩酌の時間を取られます。そのお相手をなさると喜ばれるのではないでしょうか」 「晩酌の相手……」 それなら七音でも務まるだろうか。 少しでもヒュドゥカとの時間が取れるならと、七音はさっそくアルに準備を頼んだ。 *** その晩、ヒュドゥカが晩酌をする寝室へと向かう。 「どうした?」 初めてヒュドゥカの寝室を訪れた七音を、ヒュドゥカは僅かに驚いて迎える。 「晩酌のお相手をしてもいいですか?」 「もちろんだ」 ヒュドゥカの寝室は七音のものの二倍ほどある。奥に天蓋付きの立派なベッドがあるのを見ないようにしながら、七音はヒュドゥカと隣り合った椅子に座る。 「どうぞ」 ぎこちない手つきで七音はヒュドゥカのグラスに酒を注ぐ。透明なグラスに透明な酒を半分ほど注ぐと、ヒュドゥカはそれを一息で煽った。 「七音も飲むか?」 「いえ……俺は成人していないので」 「成人? 飲酒年齢に達していないという意味か。だがこの国では十五から飲酒が許される」 「そうなんですね。じゃあ、少しだけ」 七音も酒を楽しめれば、ヒュドゥカはまた七音を晩酌に呼んでくれるかもしれない。そんな期待で渡されたグラスに口をつける。 「……っ、ぁ!」 ほんの少し舐める程度に口をつけただけだったが、透明な酒は七音の喉を焼いた。けほけほと咳込む七音からヒュドゥカはグラスを取り上げる。 「きつすぎたか」 「っ、はい……」 これではもう二度と晩酌につき合わせて貰えないだろう。咳込んだせいか七音の目じりに涙が浮かぶ。 「七音はこちらだな。果実をつけた酒で、薄めても美味い」 「あ……」 新しくヒュドゥカがくれた酒は、甘くて飲みやすい酒だった。沈んでいる果実を含むと、爽やかな酸味が広がる。 「それならいいか?」 「はい」 七音が嬉しくなって笑うと、ヒュドゥカもかすかに笑顔を見せる。 「あの、ヒュドゥカのお仕事のこととか聞いてもいい……ですか?」 「仕事か。俺は王国騎士団の第五騎士団で騎士長を務めている」 「ああ……」 それでこの間は闘技場を訪れたのだ。見どころのある騎士を見出して、自分の団に引き入れるために。 「恐ろしいか?」 「いえ! 先日は突然のことで驚いただけで…………ヒュドゥカも怪我したりするんですか?」 「ああ、ないとは言えん。戦闘の場面に立てば、騎士長も下級騎士もない。目の前の敵に立ち向かうのみだ」 ヒュドゥカも血を流すことがあるのだと知らされ、七音は眉を下げる。 「どうした?」 「分かりません」 気づけば涙がぽろりぽろりと零れていた。そんな七音をヒュドゥカは闘技場の時と同じように自らの膝に呼んだ。 「酔っているのか?」 「分かりません……初めてのことで」 「可愛いな」 ぺろり、ヒュドゥカの長い舌が七音の目から零れた涙を舐め取る。 「可愛い? 俺が?」 「ああ……可愛い」 「それは子供みたいって意味ですか?」 血を見ては騒ぎ、なんでもない場面で突然泣き始める。そんな姿を見て子供っぽくてたまらないと言うのだろうか。 「違うぞ。愛おしいという意味だ」 「嘘。ヒュドゥカは俺のこと放っておくくせに」 「それはすまないと思っている。仕事が立て込んでいて、なかなか休みを取ってどこかに連れていってやることも出来ずにいる。それについては……」 「違う」  そういうことじゃないと、七音はヒュドゥカに噛みつく。 「そうじゃなくて。俺たち、寝室別だし……夜這いにもこないし、殆ど触ってもくれないし」 「七音、おまえ……」 「どうせ俺なんて適当に連れてこられた番かもしれないし、子供を産む以外存在価値もないかもしれないけどさ、もっと……ヒュドゥカのこと知りたいよ」 ヒュドゥカがどう思っていても、七音はヒュドゥカだけを頼りにして生きていかないといけない。嫌われるより好かれたいと思っている。 「触れていいのか?」 「そんなの当たり前……っ、ん……!」 七音が肯定するのと同じくして、ヒュドゥカの舌が七音の唇を舐めた。大きな口を傾けて七音の唇を舐め、その間に入り込んでくる。七音が薄く唇を開けば、入り込んだ舌が七音のものに絡んだ。チリチリと首筋が焼かれたように熱くなる。 ──なんか、気持ちいい……。 顔を上向けられたせいで、甘い蜜が口の中に溜まる。それをこくりと飲みこめば、薄く先ほどの酒の味がした。絡められ、啜られしているうちに、頭がぼうっとなってきた。 初めての口づけに蕩けた七音は、気づけば夢の世界へと落ちていた。

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